WT長編の番外編♂

俺から見たコイツ(迅side)


このそっくりな双子に初めてサイドエフェクトの話をしたとき、姉の方は『便利だね』、弟の方は『人生つまんないね』と言った。つまんない、なんて言われ方をしたのは初めてで、ぽかんとしたことを覚えている。そんなコイツももう高校生。早いもので、もう2年ときた。感慨深い。コイツは鬼怒田さん曰く、優秀な技術者エンンジニアの素質がある、とのことなので、高校卒業後はそのままボーダーに就職かな。頭もいいし、本人が望むなら大学進学させてあげたいけど、コイツは姉のことばっかりだから。姉は戦闘を除く頭の回転がポンコツで、テストはいつも赤点、進級を心配するレベル。ひょっとすると太刀川さんに次ぐ、コネ進学を果たすかもしれないと、ボーダーではもっぱらの噂だ。そんな特例をどんどん作るのはよしてくれ。

「すぐ直るけど、なんで俺なんですか?」

「いいからいいから」

近くの椅子を引っ張ってきては、コイツの前に置き、どかんと座る。この双子(弟)は不思議そうに俺の顔を見つめた。かーわいい。コイツの手には、俺のトリガーが握られている。黒トリガーの方じゃなくて、もともと使っていたノーマルの方だ。最近使ってなかったんだけど、先日久々に起動してみたらあら不思議、故障していたようだ。で、優秀な技術者エンンジニア君に修理に出してるってわけ。

「俺なんかよりよっぽど優秀なミカエル氏がいるじゃないっすか…」

「俺は深雪に直してほしいんだよ」

「わけわからん…」

「すぐ使うわけないからゆっくりでいいよ」

じゃぁ、と彼はデスクのカレンダーをめくった。カレンダーの横には大量の書類が山積みになっている。これだけデジタル人間なのに、結局紙文化が捨てられないのが日本人の悲しいところだ。最近、コイツが忙しいのは話に聞いている。学校もさぼりがち、というのも、三輪とコイツの会話からなんとなく察しがついた。おっと、盗み聞きじゃないよ、聞こえただけ。

「1週間先でもいいですか?締め切りがあって」

「忙しいね」

「双葉ちゃんの修理も依頼されてまして」

俺が了承の返事をすると、彼はトリガーをひらひらと振って、お預かりしまーすとポケットにしまい込んだ。服は学校制服だけど、今日は久々に登校でもしたのかな。じゃぁ俺のせいでまたサボっちゃうのかも、すまん。心の中で謝罪だけした頃、怪しいものを見るような視線が俺に刺さる。

「で?」

「で、って?」

「用は済んだでしょう、いつまでいるんですか」

椅子まで出して、居座る気でしょう。呆れ気味の声が俺にそう言う。わかってるじゃん。

「つめたーい。いいじゃん、ちょっと話したいだけ」

「迅さんだって忙しいくせに何を子供みたいな…」

「深雪のためなら時間だって作っちゃうんだよ俺は」

「サボリの口実ですか」

「否定はしない」

急ぎの仕事を今日は諦めた、というのは本当。だけど、コイツと話しにきただけ、というのも本当。ちょっと前まではよく玉狛支部に顔出してくれてたのに、今は本部どころか技術室にこもりっぱなし。たまーにこうして俺が会いに行かないと、顔を合わせることすらなくなってしまった。それは、なんというか、寂しいものだ。
そのあとも文句を垂れつつも、追い出す気はないようで、引き出しを音を立てて開ける姿の双子弟君。片手間に仕事でもする気か、とその仕草を目で追う。そっくりと言っても、華奢な姉に比べるときちんと筋肉もあるし身長もある。あと2年もすれば俺も身長を越されてしまうかも―――…あーそれは嫌だな。いつまでも見下ろしていたい。

「はい」

「え?」

「え?好きでしたよね、これ」

引き出しから取り出したものは、意外にも仕事の書類でも学校の宿題でもなく、ぼんち揚げだった。未開封のそれを俺に手渡して、首をかしげる姿が可愛い。つい受け取ってしまう。好き、ですけども。

「何で持ってんの」

「迅さんが来るかなーって」

「俺のために?」

「迅さんがサボリの口実にここに来た時用に」

餌付け的な?と笑う彼。何だか楽しそうだ。なんだ、じゃぁ来てもいいのか。
袋を開ける。嗅ぎなれた香ばしい香り。一つ口に頬る。ばりぼり。うん、うまい。もう一つ頬張る。ばりぼり。

「深雪って俺のこと好きだよね」

「何でそうなります…?」

「いやぁ読み逃したな、これは」

これ。ぼんち揚げの袋を掲げて、特有のプラスチック袋の音を出す。それから中に手を突っ込み、また一つ口に入れる。うま。ついつい、止まらなくなっちゃうんだよなぁ。

「お、ほんとですか」

「何で嬉しそうなの」

さっきまで面倒くさそうにしていたコイツは、俺が『読み逃し』というとキラキラしたような顔で笑った。前もあったな、確か、サイドエフェクトが未来視と言ったときだ。あの時、コイツはむかつくことに『人生つまんないね』と言った後、俺を驚かせたくてあの手この手でドッキリをしかけまくってきた。そのどれもが予知できた範囲だったので、かるーく避けたり返り討ちにしたり。あぁ、思い出しただけでコイツの間抜けな顔がフラッシュバックで笑っちゃいそうだ。コイツがそんなこんなで飽きてきた頃、俺もいろいろあって読み逃しちゃったんだよなー。懐かしい。

「迅さんの人生、もっと驚きがあった方が楽しいですよ」

「俺より年下のくせに人生を語るんじゃないよ」

「2つしか変わらないでしょ」

「昔は2つしか変わらない俺のこと、大人扱いしてたじゃん」

「いつの話してるんですか」

それはそれは入隊前の可愛らしい時の話。まだ中学生だったコイツから見て、高校生の俺は『大人』に見えたようだ。確かにまぁ、小さいときほど、1歳や2歳の歳の差でも大人に感じるもの。とは言え、可愛い頃もあったもんだ。

「…何にやついてるんですか」

「いやぁ、可愛かった時を思い出してた」

「うっわ」

「……。大丈夫、今も十分可愛いよ」

「もっとうっわ」

彼の視線がちらりと俺の手元をかする。言いたいことはわかる。それはさっき、『視えた』から。
切り出すように、コイツの口が動く。ところで、と繋いでいた。

「それ、くれないんですか?」

「ん?」

「いつも言うじゃないですか」

「なーにが」

「だーから。『ぼんち揚げ食う?』って、いつも聞くでしょう。今日はくれないんですか」

何、食べたいの。尋ねると、迅さんが美味しそうに食べるから欲しくなる、と彼は答えた。だって美味しいし。俺は笑って、袋から一つ取り出した。

「食う?」

コイツも笑って、俺の手からそれをとろうとする。…のを阻止して、彼の口の前に持っていってやった。ほーら、食え食え。一瞬きょとり顔を見せてから、躊躇し、でも最後には俺の手からぱくりと食べた。あー、かーわいい。