『遺書』

 書簡は、生前のその人を思わせる折り目正しく整った字体で、日記でも書くようにして始まっていた。


 『前略。
 酷く迷ったのですが、筆を取ることにしました。書こう書こうと十年以上前から考えてはいたけれど、これ以上先延ばしにするのはやめにします。春はもう迎えないことにしたので、きっとここが潮時なんでしょう。
 最初に言っておくけれど、これは硝子と歌姫さんと、それから五条にしか読ませないつもりで書いています。だから五条、最後まで読み終わったらその二人には読ませてあげてね。でも二人に読ませない方が良いと判断したのなら、あなたの元で握り潰してくれても構いません。逆に他の人にも読ませるべきだと判断したなら、誰にだって読ませてくれて構わない。本当にお世話になったから、夜蛾先生に読んでもらってもいいよ。
 次に、これを読んでいるであろう五条に謝ろうと思います。私は本当は、知っていました。あの人がどこにいるのかとか、何をしているのかとか、誰と暮らしているのか、とか。きっと気付いていたんだろうけど、実は何度か会ってたの。ごめんなさい。知らないと嘘をついてきた。独り占めするようなことをしてごめんね。きっと五条は殺せるのだろうと思うと、つい嘘をつき続けてしまいました。面と向かって謝る勇気もなかった私を許さないでください。
 それからこれは、叶わなくてもいいと思っているお願いです。身の程知らずだと五条は怒るかもしれないけど、出来ればでいいから、あの人の育てていた子どもたちを気にかけてあげてほしい。まだ高校生です。十年前、あの村で迫害されていた子たちなんだそうです。呪詛師に育てられただけあって、人を殺すために力を使える子たちだけれど、優しい子であることも確かなの。お願いします。

 ここまでで五条への謝罪とお願いは終わり。本当はもっと謝らなければいけないことも、頼みたいこともあるけど、それはもういいです。立つ鳥跡を濁さずだなんて生き方が出来なかった私が、死ぬ時にそれが出来るだなんてみんな思ってもないだろうし。死後も迷惑をかける馬鹿女と笑ってやってください。
 そして突然の話になるんだけど、実を言うと例え春を迎えたとしても、多分秋までに私は死にます。もしも五条がこれを読むのが秋だったなら不要な説明だろうけど、きっと春だろうから説明をするね。面倒だろうけどきちんと読んでくれると嬉しい。
 六眼があれば分かることなのかもしれないけれど、私はもうずっと心臓が悪い。小さい頃はよく入院したりしてたんだけど、大きくなるにつれてだんだんと回復していった。と、私は思ってたんだけど、今年の夏に受けた検診で入院を勧められました。もう長くはないらしいです。
 治療しなければ一年持たないと言われて、治療を選ばなかったのは私です。もう死のうとその時点で思っていました。私は、その時点で計画を知っていました。あの人が何をするつもりなのか、その結果どうなるだろうかということを、知っていた。知っていて止めきれなかった。だから死のうと思いました。
 代わりに乙骨くんに謝ってくれると嬉しい。真希ちゃんにも、パンダくんにも、棘くんにも。本当にごめん。あなたたちを支えるべき立場にありながら、愛した男を止めきれなかった私を憎んでください。絶対に許したりしないで。
 最後に教えた生徒たちがとても優秀で、嬉しかった。きっとこれからも強くなる。誰かを守れる呪術師になるのだと思う。そうであってくれれば嬉しい。あなたたちは私の誇りです。こんな私だけど、あなたたちの人生の一部にでも関われたことを嬉しく思う。ありがとう。

 さて、ここまであの人あの人と濁してきたけど、五条にはやっぱり知っておいてほしいし、吐き出しておきたいしで、書いておこうと思う。
 私は夏油傑が好き。これだけはこの十年間変わらなかった。変わろうとは思っていたんだけど、最早傑は私の一部といっても過言ではありません。愛していたんだと思う。今更でしかないけれど。
 五条はこんなこと気にしない、という顔をしつつ気にしてしまうだろうから、一応書いておくね。私が死ぬのは、あなたのせいではないです。私なりのけじめであって、あなたは何も悪くない。本当ならば愛した男の罪の一端を背負ってしまった私は、生きて償っていくべきなんだろうけど、ごめんなさい。死ぬことで逃げる私を許してください。
 許すなと言ったり許してと言ったり、最後まで優柔不断な私だけど、いくつか確実に言いきれることがあります。書いていて馬鹿らしいなと思うし、今更すぎるとも思うけど、それでも最後なのだから思うことは全て文字にしてしまおうと思う。そうすれば、心残りなく死ねるような気がするから。
 五条と硝子に初めて会った時のことは今でも本当によく覚えています。癖が強そうだなと思った。こんなに仲良くなれるなんて思ってもいなかった。だけど今では、二人に出会えて良かったと思う。友だちになってくれてありがとう。歌姫さんも、こんな私を可愛がってくれて本当にありがとう。歌姫さんの優しさに触れていると、自分まで優しい良い人になれたような気がした。今度硝子と私と歌姫さんとで出掛けようと約束したのに、守れなくてごめんなさい。大好き。
 夜蛾先生も、こんなにお世話になったのになんのお礼もできず本当にごめんなさい。先生の教え子として胸を張って生きることは出来ませんでしたが、せめて胸を張って死のうと思います。七海くんには言うことは特にないです。私の言葉は必要ないでしょうし、改まって何かを遺すのは少し恥ずかしい。ありがとうとだけ。

 長々と書き連ねてきたけれど、そろそろ終わりにしようかな。結局私は為すことも為せず、罪すら償えず、もしかしたら誰かの心に傷を残すのかもしれないけれど、それでもやっぱり春を迎えようとは思えないのです。これまでの春は何処かに傑が居たけれど、これからの春には何処にも傑が居ない。結局のところ、私はそれに耐え切れなかっただけなのです。
 それに傑も寂しがり屋だから、せめて私だけでも一緒に地獄に落ちようと思います。嫌がられても突き放されても、それでも傑のことが好きなことだけは変えられませんでしたから、これからも変わらないのだとも思っていますし。

 最後に改めて五条に。
 一応、正式な遺言書も書いておきました。同封してありますので、そちらは公的なものとして扱っていただけると助かります。呪具は未来を担う若者たちにと書きましたが、あなたの生徒にでも渡してください。遺産に関しても、そう多くはありませんがあなたが理想とする未来のために役立ててくれれば嬉しいです。
 これで本当に最後。傑を殺してくれてありがとう。
 草々』
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