七話

 駅を出てすぐにきょろきょろと辺りを見渡したり、地図と携帯を何度も見比べているのが「おのぼりさんっぽさ」全開だったらしく、僅か五分で二人のチャラそうな男に声を掛けられた。「急いでるので」と言っても「迷ってんの? 案内するよ」などと言ってくるので二回とも半ギレで「急いでるので!」と叫んで逃げたが、次があったら殴ってしまうかもしれない。それぐらいイライラしている。
 走ったせいで熱がこもって体が熱い。電車を降りてからまた額に滲み出した汗を拭いながら、適当にあたりをつけて歩き出した。きっとこっちだろう。
 ベンケイさんが送ってくれた道案内は正直言って分かりにくかった。「駅を出て右に曲がったところのファミレスにいる」の一言で説明を終わりにされたからだ。分かるわけないだろ、と文句を言いたくなった。せめて店名ぐらい教えてよ。
 実家のある田舎や私の暮らす部屋がある辺りよりも栄えているが、渋谷や新宿と比べればそこまで人も多くない街を、駅へと向かう人の波に逆らって小走りで進む。この辺りに来るのは初めてだから迷いそうで少し不安だが、そうも言っていられない。ウエストポーチを軽く抱き締めた。
 居候ですらないくせに家主をこんな風に走らせている馬鹿はと言うと、ベンケイさんと一緒にファミレスで休憩しているらしい。会ったら絶対に強めに叩く。
 地図で確認したからこの道であっているはずだけど、と不安になりながら数分進んでいると、それらしきファミレスが見えた。あそこだろうか。あそこじゃなかったら……その時はもう逆にこっちに来てもらう。それを要求する権利はあるはず。
 少しペースを落として歩きながら携帯を開いて、道案内の数行後に書かれた「窓際の席に座ってる」という一文を目で辿る。窓際の席、窓際の席。顔を上げてチラッとファミレスの窓際を見ると、端の方の席で寝癖頭のまま何かを飲んでいる男と目が合った。
 目が合うなりへらっと笑って片手を上げたその男──わかささんをじろりと睨んでから、その向かいの席に視線を移す。めちゃくちゃ怖い顔の人がじっと私を見ていた。びっくりして思わず目を逸らす。なん……え?
 手の中のわかささんの携帯に目を下ろして、もう一度ベンケイさんからの「窓際の席に座ってる」という一文をしっかり確認してから顔を上げてさっきと同じ席の辺りを見れば、窓越しでも分かるぐらい大爆笑しているわかささんが向かいの怖そうな人を指差していた。怖そうな人は青筋を立ててわかささんを睨んでいる。それだけでその怖そうな人が誰なのか、なんとなく分かった。
 ベンケイさん、めちゃくちゃ怖そう……。


 +


「おつかれー」
「誰のせいだと……」
「オレ」
「分かってるならもっと労ってよ」

 二人のいるボックス席に辿り着いた私に実に軽くそう言ったわかささんの頭を強めに叩いて、もう片方の手に持っていた携帯とウエストポーチから取り出したふたつの鍵を渡す。そのまま肩を押して無理矢理奥に詰めさせて席に座った。なにか奢ってくれてもいいと思う。
 わかささんがベンケイさんに片方の鍵を渡しているのを視界の隅で確認しながら、手繰り寄せたメニューをひっくり返す。こういうのはだいたい一番最後にデザートのページがあるものだ。

「マロンパフェ……モンブラン……」
「……奢るからどっちも頼んだらどうだ」
「え?」

 前から聞こえてきた言葉に思わず顔を上げると、怖い顔に申し訳なさそうな表情を浮かべたベンケイさんと目が合った。やっぱりちょっと怖くて私が肩をビクつかせたのを、隣に座るわかささんが笑う。タックルするように肩でぶつかって黙らせてから、ごほんと咳払いをひとつ。

「ベンケイさんに奢ってもらうのは申し訳ないので大丈夫です。わかささんに奢ってもらいます」
「一瞬で矛盾してんじゃん」
「宿泊料で一日千円取られるよりかはマシでしょ」

 光熱費を折半したっていいんですよと続ければ、わかささんは嫌そうに目を細めて他所を向いた。子どもみたいなその仕草にため息をついてから、ベンケイさんに頭を下げる。

「お待たせしてしまってすみません。まさか肝心の鍵を置いていくとは思わなくて」
「頭上げてくれ。こっちこそわざわざこんなとこまで来させて悪かったな。それからこの馬鹿が家に上がり込んでるってのもすまん。最近は多少はまともになったかと思ったんだが……」

 そう言ってベンケイさんはわかささんを睨んだが、わかささんは何処吹く風で「どうせならこっちにしろよ」とマロンパフェを指差していた。私だけがビビりながら「大丈夫です」と慌てて胸の前で手を振った。
 この人を部屋に泊めることを決めたのは私だし、そうと決めてからもずっと部屋に上げる判断をしているのだって結局私だ。本当に嫌なら警察に通報しているし、無視して突き返している。
 今日走らされたのはムカついたしイライラしたけど、わざわざ本人以外の人に謝ってもらうほどのことじゃない。甘いものを奢ってもらえればそれで平気。
 私が「マロンパフェにする」と言っていないのに勝手に店員さんを呼んで注文をしているのはどうかと思うけど、そういうところにもこの一ヶ月近くで少しずつ慣れてきている。この人はこういう人なのだ。
 そんな感じのことを説明しても未だに申し訳なさそうな空気を放っているベンケイさんに、空気を茶化すようにして「まあ」と笑いながら口を開いてみる。

「夜中にベッドに入ってこようとするのは邪魔だし暑いのでやめてほしいですけど」
「……」
「あははー……えっ、あれっ? 今の笑うとこ……」
「……ワカ」
「お前それは言うなよ……」
「えっ、ええ……?」

 全然茶化せなかったどころか変な空気になっちゃった。
 店員さんが持ってきてくれたコップに口をつけて水を飲みながら、ベンケイさんとわかささんを窺う。ベンケイさんは怖い顔を更に怖くさせて「相手は未成年だぞ」と言っていたが、それは今更すぎる話じゃないだろうか。未成年の家に上がり込んでいる時点で普通にアウトだと思う。
 二人が私を置いて「未成年に」「合意の上で」などと話しているのをぼんやり聞きながら、その最中に運ばれてきたマロンパフェにスプーンを差し込む。……美味。
 人の奢りという事実が付与されて余計に美味しく感じるパフェを食べ進めていく。あまーい。超美味しい。
 こんなに美味しいならモンブランも食べたくなってきた。頼んでいいかな?
 奢ってもらうんだし一応許可はとるかと、まだベンケイさんと話し合っているわかささんの服の袖を引いて名前を呼ぶ。そう言えばこの人部屋着のジャージのままじゃんと今更なことを思ったが、どうしようもないことなので気付かなかったことにした。
 話を一旦中断して私の方を見てきたわかささんに「モンブランも頼んでいいですか?」と聞く。わかささんは特に迷うこともなく「いいよ」と言った。やったー。
 喜んで呼び出しボタンを押して、すぐに来てくれた店員さんにモンブランをひとつ注文する。その間にもわかささんが勝手にマロンパフェを食べている気配がしたが、いつものことなので特に気にせずにスルーした。そもそもこの人のお金で食べてるものだし、一口ぐらい分けてあげなきゃね。
 一口食べて「甘……」とちょっと嫌そうな顔で呟いたわかささんからスプーンを受け取り、パフェに差し込んでクリームをすくいあげる。……美味〜!
 この後にモンブランが控えていると思うと余計美味しくなってくる。思わず綻ぶ顔もそのままにパフェを食べ続けていれば、ベンケイさんがふと「いつもそうなのか」と言ってきた。声に反応して顔を上げ、変なものを見る顔をしたベンケイさんと見つめ合う。この人の顔の怖さにもこの短時間でかなり慣れた。

「いつも?」
「……いつもそうやってワカに食い物分けやってるのか?」
「まあ、はい。なんでも食べたがるので」

 従弟に食べ物を分けてあげる感覚で、大体は共有しているかもしれない。私はそういうのを気にしないし、わかささんも気にしないタイプらしいから。
 それに人の食べてるものが美味しく見えるのも分からなくもない。一人で食べるよりも誰かと一緒に食べる方が美味しいとも言うし、それと似たようなことじゃないだろうか。
 あと多分、不良ってそういう生き物なんだと思う。実家のある辺りは絵に書いたような田舎なので違法改造車を乗り回す不良も当然わんさかいたが、そういう人たちもよく食べ物とか飲み物を共有していた。わかささんもかつてはお友だちとチームを組んでいたというし、そっち側の人たちなのだろう。
 そんなことを言えば、ベンケイさんは難しそうな顔をして頷いた。わかささんは黙って他所を見ている。

「……タルトも食うか」
「え? うーん……わかささん、食べてもいい?」
「あー、うん。好きなものなんでもドウゾ」
「やったあ。じゃあマロンタルトと、それからチョコパフェと」

 さすが社会人。お金持ちだ。
 私が頼んだデザートをちゃっかり全種類一口ずつ食べて「甘い」と全て同じ感想で済ませたわかささんに、ベンケイさんは変なものを見る目を向けていた。仲悪いのかな? と少し心配になったが、お会計を終えた後に「ちょっと早いけどもうジム開ける」と二人で連れ立って歩いていったあたり、仲は良いのだろう。一安心。……なんで私、安心してるんだ?

よつぼしいつか