星に手を伸ばせ



 星に手が届きそうな気がした、なんて、随分とチープな表現だけど。
確かに、手を伸ばせば、指先を星が掠めそうな夜だった。

「……綺麗だ」

 ぽつり、零れた言葉は、斜め数歩先を歩く京さんから。

「本当に、綺麗ですよね」

 口に出してから、同意を求めている訳では無い、京さんひとりで完結しているその言葉に口を挟むのは野暮だと思った。
気付くのが、あと数秒遅かった。

 振り返った京さんの瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
茫洋とした、感情の読めない双眸に見つめられて、先に白旗を上げたのは私だった。

「あー……。ごめんなさい、独り言でした?」
「……いや」

 恐らく否定なのだろう、曖昧な二文字を紡いで、それっきり。
京さんの、動くことが人並みよりずっと少ない唇は、それっきり、動きを止めた。

 後に残るのは、耳が痛いくらいの静寂だけ。
静寂に気まずさを覚える関係はとうに超えたと思っていたけれど、今日この時だけは例外だ。

 何か、言わなくちゃいけないとは思うのに。
気の利いた言葉が、思いつかない。
こんな気まずさを吹き飛ばす小粋な言葉が、今の私には必要だった。

「……この感情が共有出来て、吃驚したが……。……嬉しかった」

 前言撤回しよう。
気の利いた言葉も、小粋な言葉も、必要無かったらしい。

 私と同じ――否、それ以上に、深く深く潜って言葉を探していた京さんが、たったひとつ、掴み取った答え。
饒舌とは言い難くて、飾り気の無い、シンプルな言葉。
それだけで、私は嬉しい。

「星って、本当に綺麗ですよね。今度、プラネタリウムとか、一緒に行ってみましょうよ。私、すごく綺麗なプラネタリウム知ってるんですよ」

 はたと気付いた時には、私ひとりがベラベラ喋り倒していて。

「……ああ、それも良いな」
「そうですね、OSIRISの予定とか色々大丈夫そうだったら、山にも行ってみたいですね。やっぱり、プラネタリウムみたいな投影された映像より、本物の星の方が感慨ありそうですし」

 京さんは、立て板に水とばかりに喋り散らす私の言葉に、時折相槌を打って。
このくらいの方が、私達には心地良い。

「……ああ。見習いと星を見られたら、楽しいだろう」

 そうして、ほんの一瞬。
ふわりと綻んだ京さんの表情に、釘付けになる。
何万光年も先で光る星には、きっと指先は掠りもしないけど。

 京さんという星には手が届きそうだと、柄にも無く思ってしまった。