いつかの話をしよう



 手紙が届いた。
差出人の名前は無い。
飾りの無い白い封筒は、つるりと徹平の手の中にあった。

 その存在に目敏く目を付け、首を傾げたのは、見習いだった。
「……白雪くん、それは?」
「ああ、この前のライブで、俺の両親の話になったんスよ。まさかライブ中だし、空気が悪くなっても嫌なんで、突っぱねる訳にもいかなくて、『両親を探してる』って話をしたんスけど」

 怪しいね、と見習いが呟いた。
怪しいっスかね、と徹平が返した。

 徹平が、母親を名乗る女に騙され、その心を大いに傷付けられたことは、見習いにとってはそう昔のことではなかった。
少なくとも、真っ白の封筒を持つ徹平の姿を見れば、反射的に見習いの脳裏に事の顛末が浮かぶ程には、いっそトラウマじみた記憶として、深く刻み込まれていた。

 忘れられる訳が無い。
見習いは、まだ徹平の母を騙った女を許してはいないのだから。
だが、白雪徹平という男は、素直で律儀な男だった。
その内容がどうであれ、手紙の内容を読まずに捨てるということを出来ないほどには、誠実な男だった。

 見習いの制止をやんわりと押し切って、徹平は封筒を開き、丁寧に折り畳まれた便箋を取り出した。
固唾を呑んで見守ることしか出来ない見習いの前で、徹平は便箋を開いていく。

 便箋は、封筒と同じく、飾りの無いシンプルなものだった。
等間隔に引かれた、何の飾りの無い罫線以外、何も印刷されていない。
しかし、罫線に沿って、几帳面なボールペンの字が並んでいた。

 痺れを切らした見習いが、徹平の肩越しに便箋を覗き込めば、見習いはその内容の怪しさに顔を顰めた。
「……何、これ」

 記されていたのは非常に簡潔だ。
私は貴方の母親である、貴方にとても会いたい、という旨と共に、日時と場所、貴方を待っている、という内容が、兎に角さっぱりとしたシンプルな言葉で綴られていた。

「……見習いさん、俺」

 便箋の内容を何度も何度も読み返し、その脳裏で反芻していた徹平が、意を決したように顔を上げた。

「俺、行こうと思ってます」
「……白雪くん、本当に?」

 徹平だって、母親を名乗る女に騙された経験があるというのに。
躊躇いの無い真っ直ぐな双眸で見習いを見つめて、言い切った。

 慌てたのは見習いの方だ。
もう、徹平が傷付く姿など見たくないというのに。

「……確かに、前は騙されたっスけど。もし、この手紙の差出人が、本当に俺の母ちゃんだったら、きっと俺は、すげえ後悔すると思うんです。その可能性が、ほんの少しでもあるなら、俺は行きたい」

 見習いは、不安そうに表情を歪めて、口を開きかけ、すぐに閉ざした。
徹平の言う通り、手紙の差出人が本当の母親である可能性は、ゼロではない。
限りなくゼロに近いかもしれないが、完全なゼロでもなかった。

 その可能性を考えれば、見習いも、とやかく言うことは出来なかった。
もし、ここで無理やりにでも徹平を止めたとして、徹平が母親と出会う貴重な機会を奪ってしまったなら。
きっと見習いは、人生の全てを真っ黒に塗りつぶしてもまだ足りないほどの後悔に襲われるだろう。

 ならば、止められないのだ。
見習いは、可能性が限りなく低い賭けに出るしかない徹平の背中を、見守ることしか出来ない。

「……うん、分かった」
見習いに出来ることは、見守ることと、祈ることだけだ。
徹平と、徹平が必死に探す両親が、いつかまた会えますようにと、願うことしか、出来なかった。