花を見る人たち



 桜という木は、花が五つ咲いていれば開花宣言がされるのだと、京が言っていたことを思い出した。

 確かその頃は、膨らみ出した桜の蕾が、うっすら桜の色を帯び始めてきた時期だったと記憶しているのだが。
いつの間にか季節は進み、とうとう桜の開花宣言の時期になってしまっていた。

 桜の大木を見上げれば、見習いから大層見づらい位置にではあるが、五輪の桜が咲いている姿を見ることが出来た。

「……見習い」
「あ、京さん! 桜、咲きましたね」

 近付く足音と控えめな声に振り返って、見習いはにこにこと笑う。
理解が間に合わなかったのか、京の瞳が幾度か瞬いた。

 だが、すぐに見習いの言葉を理解したらしい京は、微かに顎を引いて、頷いた。
「……ああ、そうなのか」
「はい! もう五輪咲いているみたいなので、開花宣言出来ますね」

 見習いの言葉を受け、桜の大木を見上げた京は、指折り数えて花を見る。
「本当だな」
「本当ですよ。エデンに着いたら、皆に桜の開花宣言をしないと」

 誰かに頼まれた訳では無い。
それでも、見つけた小さな幸せを伝えたいと思ってしまうのは、きっと共有したいからだ。
花を見て、綺麗だと笑い合って、そういう時間を共に過ごしたいからだ。

「春の曲とか、作っちゃいますか?」
「それも良いかもしれないな。……オレひとりで出来るものでは無いから、相談しないといけないが」
「やった! OSIRISが作る春の桜の曲、すごく楽しみです!」
「……まだ桜の曲と決まった訳では無いんだが」
「え、そうなんですか」

 不満そうに唇を尖らせる見習いの背中に、突然一陣の風が叩きつけられた。
一瞬よろめいて、たたらを踏むほどの暴風に、見習いは目を丸くするばかりだ。

「……春一番、か」
「春一番、って……。京さん、桜、大丈夫でしょうか」

 見習いがよろめくほどの強風だ。
儚い桜などひとたまりもないだろうと、見習いは桜の大木を仰ぎ見る。

 そこには、一輪も欠けずに咲き誇る、小さな花々があった。
桜は、一輪だって散ってはいなかったのだ。

「自然は、強いな」
見習いの隣で桜を見上げて、京がぽつりと呟いた。
京の言う通りだった。

 見習いが心配するまでも無く、桜は小さいながらも、凛と咲いていた。
「……本当に、強いんですね。自然って」
「ああ。……新しい曲は、自然の歌にするのも、良いかもしれないな」

 自然の歌。
雨にも風にも、見習いには想像もつかないながらも、きっと桜を襲うであろう様々な力にも負けずに、ただ凛と咲き誇り、そこに在る自然の力強さ。
OSIRISが作り上げるそんな曲は、きっと素晴らしく力強くて、しゃんと美しいのだろう。

 想像するだけで、見習いは口元が緩むのを感じた。
「……きっと、きっととても綺麗な曲が出来るんでしょうね。私、楽しみにしてます!」
「ああ。その時には、聴いてくれないか、見習い。オレ達が見た自然を、オレ達の全てで紡ぎ上げた曲を。見習いには、聴いて欲しい」

 京の言葉は、ひとつひとつの音が染み込むように、見習いの鼓膜を揺らした。
そんなこと、答えはひとつに決まっている。
「――はい! 勿論です!」

 まだ花の少ない桜の枝を揺らして、風が吹き渡る。
見習いの髪を揺らしたその風は、確かに春の匂いがした。