五文字の約束



 それはきっと、他愛無い約束と呼ぶには、重いものだ。
頭から被ったレースのカーテン越しに、見習いが柔らかく微笑む。

 見習いの左手の薬指には、精巧に出来ているけれど、軽やかなプラスティックでしかない指輪が、控えめに存在していた。

 結婚式と呼ぶには、あまりに子供のままごとじみた行為だった。
正しい結婚式など知らない、聞きかじった情報だけを繋ぎ合わせた真似事は、拙く、それでいて、ただ深い愛だけで満ちていた。

「ねえ、見習い。好きだよ」
それでも、翼は、その愛を口に出そうとはしなかった。
『愛してる』の言葉の重みは、時に枷より重いことを、翼は分かっているつもりだった。

 たった五文字、されど五文字。
言葉の枷で縛り付けてしまいたくない程には、翼は見習いを想っていた。

 まだ、まだ駄目なのだ。
翼は、まだ、一生を添い遂げる約束が出来ない。
紺色の学生服に袖を通している内は、その約束を交わしたとしても、子供の夢物語にしかなれないと、翼も分かっていた。

 子供の夢物語では、駄目なのだ。
たとえ口に出してしまえば、ちゃちな子供の約束になってしまうとしても、その想いだけは、翼の中ではどこまでも本物だ。
どこまでも本物であるその想いを証明する手段が、今の翼には無いだけで。

「好きなんだよ、見習い」
「私も、好きだよ」

 その四文字で、翼の胸は締め付けられるように苦しくなる。
しかし、それと同時に、息が詰まりそうなほどの幸福が溢れるのも、本当だ。

 あと少し、季節がぐるぐると巡って、翼が幾度目かの春を迎えるまで。
紺色の学生服を脱ぎ捨てたら、その時はきっと、今口からこぼれる四文字が、焦がれてやまない五文字に変わるはずだから。

 まだ独り善がりな好意が愛に変わるまでの時間が、酷く遠くて、待ち遠しい。
いつか、愛と約束を乗せた見習いの唇を塞いでしまう時を夢見て、翼はぎゅうと制服の胸元を強く握りしめた。