#003
「……さん。ルキウスさん。聞こえますか」
声が、ぽわん、と響く。
……ルキウスさん、って誰?
「ルキウスさん。起きてください」
ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには辺り一面の闇が広がり、仄かな光がうっすら二ヶ所に浮かんでいた。
僕の立つ場所と、声がする方だ。
そこで初めて、僕は「見る」ことが出来るということ……もっと言うなら、僕には「目」があり「身体」があり……そして、人間の体があることに気づいた。
……なんで?僕は確か花で、少女の髪で、……殺された、はず。
「如何にも。
貴方は太陽の雫から花として生まれ、煎じて飲まれ、髪となり、そしてつい先程切られて、今生と死の狭間にいるところです。
いやぁよかった、意識は混濁していないようですね」
僕の心を読んだように、楽しそうな声がまたぼわわん、と帰ってくる。
……それより、この人、今……
「生と死の……狭間?」
楽しそうな相手の声とは対照的に、思ったよりも低い声が出た。……といっても、今まで聞いたことのある声が、あの人とあの少女のものだけだった、というのもあるけれど。
「ええ。まあ要するに貴方は死にかけているってことだ」
もう声は、ぼわん、と響かず、だいぶはっきり聞こえるようになった。
その光―――もとい、その男はさっきよりもだいぶ近くに来ていた。
「そうそう。申し遅れましたが、わたくし、Mr.Vと申します」
そう言い、その男は気取った様子で一つお辞儀をした。
奇抜な帽子にステッキ。
着ている服の袖と襟には鳥の羽根がたくさんついている。
Mr.Vと名乗った男は、発した声のように愉快な笑みを浮かべているが、どこか笑っていないようにも見える。
奇妙な笑みを貼り付けたまま、Mr.Vはつらつらと喋る。
「先ほど申し上げた通り、貴方は死にかけている。
しかし、貴方のマスター、魔女ゴーテルは瀕死の状態だ」
「っ、あの人が!?」
ゴーテルという名前は初めて聞いたが、すぐにあの人だとわかり心臓が嫌な音をたてる。
「ええ。なにせ塔から落ちてしまいましたからねぇ。
……そこで貴方に提案です。」
こんな時に提案?僕は、早く助けに行かなきゃ行けないのに。でも、どうやって。
こうして焦っている間にも、あの人は危ない状況にいるんだ。
「まぁ、そんなに焦らないでください。お気持ちはわかりますが、ここの時間は止まっています。外の世界では1秒も時は進んでいませんよ。
して、貴方はミス・ゴーテルを助けたいのですね?」
「当たり前だ」
「そうですか。では……
貴方を『ヴィランズ』にリクルート致しましょう」
……ヴィランズ?……リクルート……?
全く聞き覚えのない言葉に首を傾げる僕に、すっと手が差し伸べられる。
「この手を取れば、貴方は『ヴィランズ』として転生し、ミス・ゴーテルを救うことができます」
「っじゃあ、」
「但し!」
焦る僕の声を、さっきとは打って変わった真面目な声が遮る。
「もし『ヴィランズ』として生きていくなら、貴方はこの先、闇の世界を永遠に生きることになります」
「……闇の、世界?……永遠、に」
……正直、全く想像がつかない。
もしかしたら、すごく怖いところかもしれないし、ずっと孤独に耐えながら、闇の中を漂うのかもしれない。
……けど、そんなの僕には慣れたことだ。
「……構わない」
僕は迷いを振り切り、その手を取った。
「……では、貴方を常世の闇へとお連れしましょう……
ミスター・『ルキウス』」
僕の意識は、今度は急激に白に染まった。
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