月下美人


○馴初め○

乙野学園の一大イベントである文化祭。
そこで行われるライブに私は足を運んでいた。

名家の子が何人か所属している和楽器バンド
があると聞いて居ても立ってもいられなかったのである。

私の家は全然有名ではないが、一応音楽一家で
私も筝を弾いていた。

大学生になってからは色々と忙しく弾かなく
なってしまったが、やっぱり今でも和楽器、特に筝には
自然と惹かれてしまう。


実際その和楽器バンド『倭神楽(わかぐら)』
の演奏は素晴らしく、久しぶりに胸を打たれた。

暫く余韻に浸るかのように呆然とした後に、
何を思い立ったのか私は筝を弾いていた彼と話がしたいと
思い学園内を闇雲に歩き回り始める。

色んな人に彼の事を聞いて回っていた私は
さぞ変人だったと我ながら思う。


ヒントが少ない中探してもそう簡単に見つかる筈も無く
半ば諦めかけていた、その時。

「…これは、君のか」

後ろからの突然の声掛けにハッと振り返ると、
顔立ちの綺麗な眼鏡の男の子が居て、
その彼の手には私のストラップがあった。

念の為付けていた筈の所を慌てて見てみるとやはり無い。

「あ、私のみたい…ありがとう」

受け取ろうと手を伸ばしたが、
彼は私をじっと見てはそのストラップを
離そうとしなかった。

「え、あの…何か?」

何処かで見たことがある気がしたが思い出せないどころか
綺麗な顔に見つめられている事が恥ずかしくて堪らない。

「これは琴柱(きんじ)か」

「え?」

彼の言う通り、そのストラップは琴柱をあしらった物だ。
でもそれは実際の琴柱を加工してかなり小さく、
更にデフォルトした物なので分かる人にしか分からない筈。

ということは。
私の中の既視感が確信に変わった。

「…あ。」

「あ?」

「こもんぜん るかくん?!?!」

「…そうだが」

「やっっっっと見つけた!!!!」

「声がでかいぞ」

「あっ、申し訳ない…」

それからは、場所を移して演奏を聴いての感想や
流派の話、お互いの話、聞きたかった事など
色々とお話させて貰った。

かなりクールな雰囲気で、笑顔が苦手だと
本人も言っていたが
話していると年相応で可愛いなと思う所だったり、
誕生日が同じという思わぬ共通点があったりと
彼への関心が湧くばかりで有意義な時間だったと思う。

もうこの際ヤバいやつとドン引きされてもいいと思い
思い切って連絡先を聞いたら
割とすんなりと承諾してくれた。


これが私と彼の《始まり》である。





…第一印象なんて怖くて今更聞けない。