いつもと比べてうまくいかない

―6月30日
―哀牙探偵事務所

「ぜーーーーったい彼が浮気をしてるから私への態度が冷たいんだと思うんですよ!!」
「なるほどなるほど……。彼からラヴィな気持ちが感じられなくなり、浮気調査の依頼とは。ズヴァリ!この哀牙が証拠を掴んで差し上げましょう!」
「キャー!探偵さん、ありがとうございます!」
「……はぁ」

私の名前は八神龍。隣にいる友人の佐竹里穂が、彼氏の浮気調査を探偵に依頼したいが1人だと不安だから着いてきて欲しいと言われ、断りきれずで渋々着いてきた。
星威岳哀牙。ここ最近、地元のテレビ番組や地域新聞に出ていた私立探偵。
事務所の圧というか、ナルシスト力が凄すぎる。

「紅茶はとても美味しいけどな……」
「どうしましたか、八神殿」
「いえ、何でもありません」

あまり関わるのが吉ではない気がする。

「じゃあすみません、調査よろしくお願いしまーす!」
「かしこまりました、佐竹殿。」
「すみません、お邪魔しました。紅茶ご馳走様でした」
「やあれ!八神殿!」
「はい?」
「八神殿はこの名探偵、星威岳哀牙にご依頼はあr」
「無いので大丈夫でーす。失礼します」
調子が狂うし、さっさと帰ろう。


―7月5日
―喫茶店「ロングナイン」


「さてと」
私の仕事は、祖父が経営している喫茶店「ロングナイン」の店員。
祖父が入院中の為、今は1人で営業しているが、常連のお客さんたちの支えもあって何とか営業している。
「龍ちゃん、今日のケーキはずんだ餅かい?」
「ずんだ餅はケーキではないけど、ありますよ」
基本的に、ジジババの集いになっているので仕事しながらツッコミを入れないといけないのが、時に辛い。
(でもこの前のキャラが濃い探偵よりは可愛く感じてくる。調子が狂うな)

<カランコロンカラン>

「いらっしゃいま、せ」
「やぁれ八神殿!」

(げぇ!探偵!)

「な、なんで」
「フッフッフッ・・・・・・八神という苗字、八神殿から微かに香るコゥヒィ、ネイルなし深爪の指、あの時持っていたトォトバァグから見えた機材カタログ。ズヴァリ!ここ、ロングナインの八神伝蔵の孫と見たのでございまぁす」
(ああ、ちゃんと探偵らしくよく見てるんだな……)
「正解です。当たった記念に1杯ご馳走しますよ」
「あいや!なんのこれしき!この名探偵にかかれば」
「アツアツのコーヒーお待たせしましたー。どぞ」
「……八神殿?」
「ごゆっくり!!」
慌てて在庫置き場室に逃げ込む。

(ダメだ!キャラが濃すぎて直視できない!!)
目を閉じ深呼吸をし、落ち着こうとしたが、探偵以外にもお客がいた事を思い出した。私は
ため息を1つつき、カウンターへ戻った。

「あれま、探偵さんでぇーの」
「この前はうちの猫を探してくれてありがとうな」
「あいや!何のこれしき。我が知識と行動にかかれば万事解決!」
「さっき頼んだばっかりのずんだ餅じゃ。お食べ〜」

常連のジジババに囲まれている探偵。
聞こえてくる会話に耳を傾けると、今いる常連客は皆、意外にも探偵に依頼したことや、道中助けて貰ったことがあるそうだ。
餌付けまでしているのは見逃そう。
(人は見かけによらず……。私もまだまだだな)
反省をしつつ、先日美味しい紅茶を頂いたお礼を考え、私も紅茶を入れよう。

「八神殿」
「ひ、あはい!」
ジジババの集まりから抜け出し、カウンターに戻ってきた探偵に声をかけれたが、驚いて変な声を出してしまった。
しかし探偵は、その声には気にも留めずに虫眼鏡で私も見ている。
「な、なにしてるんですか!」
「シッ!ダマって!・・・・・・クックックック・・・・・・どうやら、見えたようですな」
「何がですか・・・・・」
「ズヴァリ!貴方は、我が来たことを歓迎している!・・・・・・ちがいますかな?」
「お待たせしました、めちゃくちゃ濃くなった紅茶です!!」
(本当に調子が狂う!!)


―6月30日
―喫茶店「ロングナイン」テーブル席

「「「おやおや〜」」」
「見ました?」
「見ました」
「ついに龍ちゃんも春が」
「マスターが帰ってきたら、ひっくり返ってまた入院するじゃ?」
「いやでも、龍ちゃんはそういうことは鈍感じゃからのう」
「あんなツンデレなのにな」
「お、そのツンデレ最近覚えましたな」
「ホッホッホ、孫から教わりましたわ」
「これは見逃せませんな。明日もここ集合でよろしいかな」
「御意、暖かく見守りましょう」
「「「ホッホッホ〜」」」

そんなことを常連客がテーブル席で喋っていること、ましてやこれからも探偵さんと絡むなんて、私は思ってもいませんでした。なぜなら。
(調子が狂う!!!)

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