九尾の紅狐と鬼。
2人は大層長い時間を共に過ごしていた。時に離れることはあったがお互いの帰る場所はそこにあった。
ある日狐が人になりたいと言った。鬼は馬鹿げた話と笑い飛ばした。
狐は夢のような話を語るばかりだった。鬼はそれをつまらなく思い、聞き流していた。

ある日、狐がいつもと違う姿で現れた。自慢の艶やかな毛艶の尻尾はどこにもなく、頭上に生えていた獣の耳の代わりに人間の丸みを帯びた耳が横についていた。狐は鬼に言った。「2人で人里に降りてみないか」鬼は目を丸くして暫く悩んだ後渋々首を縦に振った。

下りた村は静かで人が畑を耕し、草鞋を編んでいた。狐は楽しそう人々の暮らしを眺め歩いた。鬼はその跡をついて歩くだけだった。歩いた先にたどり着いた甘味処で団子を頼み2人で食べた。「金なんてない癖に」「それはそうだ…」団子を口にしながら狐は考え、身につけていた綺麗な石を店主に渡した。

「これは印だ。これを大事に持っていなさい。そしてあの山の祠に月に一度とびきり美味しい団子を供えると良い。そうすれば印を持つ者に福が訪れる。ただし、欲張ってはいけない。」店主は不思議そうにしていたが、身なりの綺麗な二人組はきっとどこかのお偉いさんだろうと強く出ることは出来なかった。

日も暮れ狐は満足そうに鬼を連れて山へと帰った。「とんでもねえ話をしたな」鬼は狐に言う。「あの団子は美味しかったからまた食べたい。人里に降りるのはそう簡単ではないから、持ってきてもらうことにしたんだ」と狐は笑う。鬼は呆れたように息を吐き、確かに美味かったと団子の味を思い出していた。

それから、店主は言われた通りにとびきり美味い団子を狐と鬼の住む山の祠へ供えた。狐は喜び、鬼も満更ではなさそうにしていた。狐は団子の礼にと印の元へ遣いを出し供えの団子に見合うお返しをした。それからというもの、団子は毎月届けられ、それに見合う礼を狐は届けた。

そしてまたある日、狐は言った「人になりたいとは思わないか?」鬼はまたその話かと、否定の言葉を返した。ここ最近狐は人のことを観察し時には言葉を交わし人というものを学んでいるようだった。鬼も興味本位でそれを眺めていたが、狐の考えの理解には及ばなかった。

何故人になりたいと思う。鬼は狐に問うた。狐は寂しそうに笑って有限故の美しさに魅入られたのだと答えた。鬼は狐が好きだった。だからこの長い長い時間を共に過ごし理解を深め支え合っている。鬼はそんな生き方が好きでこの先も変わらず狐と共に生きると決めていた。

狐も鬼を好いており、鬼同様共に過ごす悠久にも近い時間に満足していた。しかし、人の一生というものに興味を持ってからというもの限りある時間の中で育むものに魅入られていた。鬼も妖狐も長い命を与えられ、それ故に新たな命を造ることはない。ただ長い時間の中で森を守り過ごすだけだった。

狐は恋焦がれた。誰かを愛し、愛され、子を作り、年老いて、愛した者と共に逝く。残した命がまたそれを繰り返し命を紡ぐ。それを他の誰でもない、鬼と共に…そう夢を見てしまった。

そのきっかけとなったのは、あの甘味処に渡した印だった。月日は流れ甘味を供えにくる者が変わった。あの日印を渡した店主は年老い、代わりに若い娘が訪れるようになり、そのうち娘は旦那を連れ、子を連れて訪れた。そのうち子が大きくなり家族を連れてきた。

それに狐は魅入られた。人が変わっても習わしとなったこのお供物は子に継がれまた子に継がれと続いていく。そして気づけば甘味処の家は大きくなり、その福を少しずつ周りへと配るようになった。いつしか甘味処の主人は村の長となり、月に一度の些細なお供えだった習わしは村をあげて行われるようになっていった。

信仰により狐は山の神となり、次第に力は大きくなっていった。

そして幾年も時が経ち、鬼は深い眠りについた。狐は鬼を看取り長い長い2人の時間は終わり、1人となった。

狐は1人寂しく山を守り、村を見守った。時々人の姿を借りて人里に下りては寂しさを紛らわせた。

村で祭りが行われたある日、村に足を運んだ狐はひとりの人間に目を奪われた。
鬼と瓜二つの姿で祭りを眺める少年だった。ツノも無ければ牙もないが確かに鬼と瓜二つの顔をしていた。

思わず鬼の名を呼ぶと、少年は振り返り首を傾げた。「お兄さんどうして俺の名前を知ってるの?」鬼と同じ顔で同じ声で同じ名前の少年に狐は心を奪われた。会いたかった、ずっと。「僕はなんでも知ってるのさ。」狐は笑って少年に歩み寄った。

随分背の高い狐に対して、まだ成長しきっていない少年は酷く小さく見えた。狐は少年の手を取り、あの日店主に渡した印とは別の綺麗な石と、鬼が身につけていた手飾りを渡した。「これなに?」「この手飾りと石はきっと君を守って導いてるくれるから、大事にもってなさい。」

狐は自分を見つめ頷く少年の頭を撫で、山へと帰った。

その祭りの日はどこか悲しい気持ちでずっと過ごした。鬼は人へと生まれ変わって、これから短い人生で生涯を終える。それに比べ自身は山の神へと神格をあげさらに長い命を賜ってしまった。この先二度と鬼と生を交えることがないのかと胸が苦しくなり何百年振りに涙を流した。

それから狐は少年を、その子をまたその次の子を見守り続けてた。

それからまた長い年月が流れたある日。
鬼によく似た少年が狐の前に現れた。そう、目の前に。

狐を目を丸くして少年を見つめ、少年もまた狐を睨み、見つめた。「おい。」先に口を開いたのは少年だった、少年に自分が見えていることにまた驚きつつも短い返事を狐は返した。

「お前まだ山の神様なんてやってんの」少年の呆れたような物言いに狐はさらに目を丸くした。「忘れたなんて言わせないからな、孝正」自分の本当の名を呼ばれた狐はまさかと思いながら恐る恐る鬼の名を口にした。「いっくん…?」「おう」返ってきた肯定の言葉にさまざまなな感情が湧き混乱する。

「人になりたいとか言って、神様になるなんてとんだ生き様だな」「…そっちこそ…人間になりたくないとか言ってたくせに…」憎まれ口を交わし2人は再会を喜び狐は少しだけ泣いた。

それから少年は狐の了解を得て山奥にあった祠と似たものを、山の麓にある少年の家の近くに作り、そこを2人の逢瀬の場とした。
2人は遠い昔のように2人の時間を、命の許す限り共に過ごしましたとさ。


おしまい。


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