サタデーナイトよ永遠であれ!

「いや〜やっぱ寒い日は鍋だな」

「初めてやったが、いいものだな」

「まじで?!鍋をしたことないなんてお前それでも日本人か?」

「今はアメリカ人だ。その前はイギリス国籍だしな…家族で鍋を囲むなんて発想はなかった」

「うわ〜…お前、絶対人生損してるぞ?」

「そうか?」

楽しそうに炬燵に入り鍋をつつく男性二人。そんな二人を冷たい視線で見る私とは裏腹に、グツグツといい感じに煮えてきた野菜や肉団子が、器に盛られるのを今か今かと待っている。部屋にはいい香りが漂っていた。顔は思いっきり日本人のくせに鍋をしたことがないという赤井さんの発言にも驚いたけど、3人で炬燵に入りながら鍋を突くこの状況にも驚きを隠せない。なぜこうなった。

「…あの、お話中悪いんですが、そろそろ帰ってくれない?」

「硬いこと言うなよ。今雪降ってんだ、この状況で帰れるわけねぇよ」

「鍋も食べごろだしな」

「だから!何で私の家で、鍋なんかやってんのって言ってるの!!諸伏さん、ほんとぶっ飛ばすよ?!」

「ハハッ!依も変わらないな。ほら、好きだろ鶏肉」

「あ、どうも。じゃなくて!諸伏さん、日本は危ないからって高飛びしたじゃん。何で戻って来てんの?」

器に鶏肉と白菜、椎茸が入れられる。頼んでないし、その前に私の話を聞いてくれ。海外に行ってからはこれといって連絡がなかったのに、何故今ここに来たんだろう。そもそも携帯だって飛び立ってからは通じなかった。赤井さんと仲が良さそうなのはまあ、例の組織がらみたんだろうけど何で再会したとか話が全く見えない。赤井さんはそんなやりとりに違和感を覚えたのか、汁をすすっていた手を止める。

「景光、話してないのか?」

「あ〜…あんま巻き込まない方がいいかと思ってな。それに赤井も話してないんだろ」

「お前から伝えるかと思っていた。まあ知らなくても支障はないが」

「2人で会話進めるのやめてくれない?あ、やっぱ嘘、何も聞かさないで頼むから。その方がよさそう」

「君が俺達と会ったあの日に景光は死んだことになってる。今後の準備が整うまでは安全な海外に逃げてもらったんだ」

「いやだからさ、聞きたくないって今言ったよね?」

「こっちに帰って来たのは1年前くらいか…直ぐに依に会いに来ても良かったんだが忙しくてな…アドレスも変わってたみたいだし」

「迷惑メールが多かったから変えたの。てか諸伏さんだってアドレス消したんじゃないの?それに帰国なんて待ってないし、知りたくない情報を与えないでよ!」

「安心しろ。依に支障がない情報しか話していない」

ドヤ顔で言い切る赤井さん。何も安心できないと無言で訴えるもなんのその。お野菜の咀嚼を再開した。鍋の味付けはゴマだれポン酢が気に入ったのか、さっきからそればかりを使っている。挙げ句の果てには、私の皿が空なのを見て追加でお鍋を装ってくれた。優しいけどそうじゃないよ。巻き込まないで欲しいんだよ。

「死んだことになった方が動きやすいってのもあるしな。今は赤井達からサポート受けながら、こっちで活動中ってわけ。あ、安心しろよ、外歩くときはちゃんと変装してっから」

「何の安心材料にもならないよ…諸伏さんが元気なのはいいことだけど、何かの企てに私を使うのだけはやめてね」

あれとって、と言う油井さんに眼の前にあったゆずぽんとおたまを渡す。彼とは奇妙な共同生活中に鍋を何度か囲ったから、何が欲しいのか何となく分かっての行動だったけれど、赤井さんにはそれが妙な目についたらしい。私達のやりとりに少し驚いたような顔をした。

「随分と親しげだな」

「話してなかったか?お前のサポート得られるまで一緒に住んでたんだよ」

「半ば無理矢理だよね、ほとんど脅し」

「いやそんなに凄んではなかっただろ。お願いくらいのノリだ」

「ホー…景光が言う協力者はやはり依だったか。通りで駆けつけるのが早いわけだ」

「俺からすれば赤井と依の接触が早いことの方が驚いたけどな」

「偶々同じバスに乗り合わせてな。バスジャックに遭ったおかげで探す手間が省けた」

その会話に、菜箸で追加の野菜を投入していた手が止まる。いやな予感がする。彼らの話ぶりはまるで私を通して2人が落ち合うような計画だったと聞こえるのは気のせいだろうか。

「…ねえ、貴方達の計画に一部私が組み込まれているように聞こえるんだけど」

「勘がいいな。その通りだ」

「依は見事にいろんなパイプ持ってるからな、協力して欲しい」

彼らの言葉に目眩がする。日本の公安とアメリカのFBIが追う組織なんて絶対ろくな組織じゃない。私は平和に生きたいのだ。こんなスリルは望んでない。何とか持ちこたえた私の口からは、ふざけるなという絶叫が溢れた。赤井さんも諸伏さんも、片手で耳を押さえただけで、しらっとした顔で鍋を突くことに勤しんでる。本当にやめて欲しい。

「危なくなっても守ってやるよ」

「俺も景光もそれなりに強いからな。困ったことがあれば頼るといい」

「あのね、現在進行形であんた達に困ってんの!分かる?!」

ケラケラと笑う諸伏さんと黙々と食べる赤井さん。このウイスキーコンビは私を困らせる天才らしい。彼らの中では私の協力は決定事項であるようで、何を言っても暖簾に腕押し状態だ。

「あ、そうだ。俺が残してった酒ってまだある?」

「話を逸らすな!」

「食器棚にバーボンがあったな」

「何で赤井さんは私の家の内情を知ってるの?!」

「お、じゃあロックで飲もうぜ。3人分用意して来るからちょっと待ってろ」

私の制止も虚しく、勝手が分かっている諸伏さんが意気揚々とキッチンに向かう。そのまま必要なものを取り出してリビングまで戻ってきた。2人の楽しげな横顔に溜息しか出ない。職務中にアルコールとは関心しないな、なんて思ったけど、楽しげな2人を見てどうでもよくなる。

「…平和に暮らしたいんだけどなぁ」

ポツリとこぼした言葉は誰の耳にも入ることなく、グラスを交わす音に飲み込まれた。