「出掛けるぞ」
「朝からいきなり人の家来て何言ってるんですか?」
朝からチャイムを鳴らされ、若干寝ぼけ眼で扉を開けたのが不味かった。玄関に仁王立ちする赤井さんはしっかりと身なりを整えているものの、こっちは寝間着のスウェットである。頭上にクエスチョンマークを浮かべながらジト目を向けるが、彼には何の効果もなかった。寧ろ待っててやるから支度しろと上から目線である。
「いや、だから何言ってんの?私のこと暇人か何かと思ってるでしょ」
「違うのか?」
「うわ、傷ついた。マジないわ」
「真っ当な人間なら既に出勤している時間だ。まだ寝間着でいる様子を見る限りフリーターを想像するなと言う方が難しいと思うが」
「フリーターは引き続き惰眠を貪りますね。Get out」
「まぁ、待て。行くのはここだ」
ピラっと見せられたのは幻と名高い、レオンとの触れ合いのチケットだった。ある一定期間枚数限定で発売されたもので、一般人の私は勿論入手することなどできなかった。それを何故アメリカから来た赤井さんが持っているのか。FBIの福利厚生って凄い。猫好きの私としてはものすごく行きたい。だってこんないいチケット二度と手に入らないかもしれないし。
「何故これを…」
「企業秘密だ。それで、行くか?」
「行きます。ちょっと待ってて!」
我ながら現金である。赤井さんにリビングで10分程度待つように伝え、支度をすべく自分の部屋へと引っ込んだ。
***
「騙された…酷い詐欺だ」
赤井さんの愛車であるシボレーの助手席で、さめざめと無い涙を零す。アニマルショーの会場を回りながら指定の時間を待っていたのに、予定が変わったと言われた私の気持ちを考えて欲しい。レオンに触れ合う気満々であんなに早く用意したが、それは報われることなく来た道を戻っている。出来ることなら私を会場に置いていってくれればよかったのに。
「予定が変更になったことは謝る。悪いな」
「全然心がこもってない。やり直し」
「俺達のボスが誘拐に巻き込まれたんだ。派手に動くわけにもいかないからな」
「いや、それ私関係ないよね?赤井さんのボスとか激しくどうでもいいんだけど」
「顔を売っておくといい。後々役立つかもしれん」
「聞いちゃいねーな。FBIに顔を売ったりしたら、面倒なことに巻き込まれる予感しかないよ」
何でもそのボスさんも大のレオン好きで、日本観光をしつつその会場で落ち合う予定が、何故か誘拐事件に発展したらしい。いやいや、仮にもFBIが拐われるってどんな状況だとツッコミたい。犯人取り押さえる為に日々体鍛えてるって聞いたことあるけど、嘘だったの?
「FBIの一員なら自分でどうにかできるもんだと思うけど…」
「それだと悪目立ちするだろう?日本警察に目を付けられたくない」
「だからって私関係なくね?赤井さんはボスさんを迎えにいく、私はその間レオンと触れ合う。何の問題もないと思うけど」
「万が一日本警察に事情を聞かれる事態になった場合、隣に依がいた方が自然だ。男1人ではアニマルショーなど行かんからな」
「確かに!その顔で1人でショー見てたらとか腹筋崩壊するレベルだもんね…ってだから私を隠れ蓑に使わないでよ!」
「今更だ」
大人しく乗ってろと睨まれて口を噤む。先程の顔を引き合いに出した発言が気に食わなかったようだ。仕方なくシートに凭れ視線を外へと向けた時、前方に不自然なパトカーを見つけた。赤井さんも気付いたらしい。アクセルを強く踏むと確認の為にその車を追い越す。その際、殺人鬼のような冷たい目を運転手に向けていたのだが、それはそれは恐ろしかった。赤井さんを怒らせたらやばい、しっかりとその文言を頭に刻む。
「いた?ボスさん」
「あぁ、どうやら日本警察も動いたようだ。彼を拾うのはもう少し先だな」
「あっそ。ちゃちゃっと回収してね」
レオンに触れ合えないなら、一刻も早い帰宅を希望しますと伝えると、フッと鼻で笑われた。全くとんだ休日だ。ふて寝を決め込んだのだが、寝るなら後ろに移動しろと注文を付けられた。全く人使いが荒い。渋々後ろに移動し待っていると、白い髭のおじさんが助手席の扉を開けた。何とびっくり、ランディ・ホーク氏ではないか!赤井さんの上司ってカウボーイだったの?!とプチパニックを起こす。
「え、うそ、何?だからチケット取れたの?」
「混乱しているところ悪いが、彼とランディ・ホーク氏は別人だ」
「さっきも間違えられた為に誘拐事件に巻き込まれてね。そんなに似ているかな?」
「犯人に同情するくらいには」
別人だと知って一気に熱が冷める。紛らわしい容姿をしないでほしい。ジェイムズ・ブラックと名乗ったそのボスさんは何やら赤井さんと難しい話を始めてしまった。蚊帳の外を決め込む私は、引き続き聞き流す作業に没頭する。英語を使われちゃ内容はちんぷんかんぷんだしね。本当、今日はついてない。
その後、私の不機嫌さを見かねた赤井さんがアニマルショー会場に戻ってくれるという嬉しいサプライズがあった。無事にレオンと触れ合い、記念写真を撮ることができて大変満足である。そんな彼の優しさにちょっと絆されそうになるのはまた別の話。