0.1秒後には掻き消える

「あ、萩原さんだ」

「お?依ちゃん、久しぶり〜」

カフェでアルバイトをしているのだが、そのカウンターに見慣れた人物を見つけた。向こうも私が奥から出て来たことを知ると、ヘラっと笑って片手をあげる。彼とは1年位前の爆弾事件以来仲良くなったというか、此処に通ってくれるようになった。何故だかはわからない。

「平日なのに珍しいね。謹慎?」

「そうそう。こないだ依ちゃん巻き込んだのがバレて、ここ3日は自宅待機だよ〜」

「ここ自宅じゃないけど」

「そうなんだよー。だから依ちゃんも黙っててね」

特に松田って奴には!とマジトーンで話す萩原さんに笑ってしまった。彼の話によく出てくる松田さんという人は、良き親友でありライバルらしい。この前の爆弾処理で無茶をしたから、余計に怒られたとか。

「はいはい。あ、新しいコーヒー豆入れたんだけど試飲する?」

「じゃあお願いしようかな。今度のはどういう豆?」

「酸味が強めかな。もし飲めなかったら他の豆とブレンド考えるよ」

気に入ったら購入もしてくれるというので、売り上げアップのためには頑張らないといけない。机に肘をつき手の上に顔を乗せてコーヒーを待つゆるい感じの萩原さんも、一度爆弾と対面したら顔つきがガラッと変わる。それを間近で見たのはとある爆弾魔が世間を騒がせていた時だ。

ちょうどその日、私は遠出する予定だったのだが、忘れ物をしたため途中からマンションにとんぼ返りした。さてこれはどうしたものか。時間が惜しいのでマンションの裏口から入ったのだけれど、不思議なことに管理人さんもいないし異様に静かである。住人対象の避難訓練でもあったかな、と非常階段を駆け上がり、フロアに足を踏み入れると、ばったりと仰々しい格好をした人達とご対面した。私はもちろん、みなさんびっくりしている。よくよくその服を見ると、腕の部分に警視庁と爆発物処理の文字が。

「えーと…」

「住人は避難したはずじゃ…!此処は危険だ!早く出ろ!」

強面の男の人に無遠慮に腕を掴まれて引っ張られるから地味に痛い。何があったかさっぱりな私は目を白黒させて、でもせっかく此処へ来たのだから忘れ物くらいとって帰りたいんだ。騒ぎを聞きつけたのか、やや穏やかな顔付きの男性がハサミ(?)を片手に声を出した。

「こらこら、そんなに強く握ったら女の子が可哀想だよ」

「すみません、萩原さん。ですが…」

「どうやってここに入ったの?エントランスには警官がいたと思うけど…」

「時間が惜しくて裏ルートで…邪魔しないのでパスポートだけ取り出したいんだけど、だめ?そこの突き当たりの部屋なんだけど」

「残念だけど無理だね。一般市民は早く逃げてくださーい」

器用にも色取り取りのコードを切りながら話す。現在進行形で解体作業中らしい。こんな場面に出くわすとか自分の今日の運勢を呪いたいけれど、でも私もパスポートを諦めるわけにはいかない。今回はコーヒー豆を摘む体験がかかっているのだ。

「ねえ、爆弾の解体手伝ってあげよっか?」

「女の子には無理だよ」

「私の部屋に通信制御装置っていう魔法の機械があるんだけど、それ使いたくない?」

私の言葉にその男の人は驚いたような表情を浮かべる。爆弾に関して一般的な知識しかないけど、刑事ものの本とかドラマとかでよく見てるし、父親が工学系の人だったから聞きたくもないのによく爆弾の構造の話を聞かされた。あと色々やらされたしね。

「確かにあればそれに越した事ないけど…」

「貸してあげる。犯人に操られてみんなお釈迦になんてなったら洒落にならないよ」

ぱっと見民間で使われてるようなものだけど、父親が改造してたから多分見た目以上に使える。ないよりはあったほうがいいよね、と念押しするとその人は肩を竦めた。私の言葉はそれなりに魅力的だったらしい。なんでも急いで出てきたせいで、うっかり抑止装置を忘れてしまったのだそう。それでいいのか、警察よ。

「最悪の事態も考えて有り難く使わせてもらおうかな」

解体チームの隊員を一人付けてなら部屋に入っていいと許可してくれた。とりあえず一番近くにいた強面の人に頼み、部屋からパスポートと彼らに貸す通信抑止装置を持ち出す。昨日電池も入れ替えたし、数時間なら連続稼働出来るだろう。自分のタイミングの良さに惚れるわ。

「我儘言ってごめんね。はい、どうぞ」

「有難う、助かるよ」

彼らに装置を貸してから、やはり隊員の人に付き添われながらマンションを出る。こうして私は無事に旅行に行くことができ、彼らも犠牲を出さずに爆弾を止めることができたらしい。後日帰国した私は警視庁で説教という名の話を聞かされた。結局犯人には逃げられたみたいだけど、後々捕まるだろうというのが萩原さんの見解だ。

そんなちょっと前の回想を終え、試飲用のコーヒーを萩原さんの前に置く。それを手に取って香りを楽しんでいた彼は、ふと何かを思い出したように私を見上げた。

「そういえば、なんで女子大生が通信抑止装置なんて持ってたの?」

「あぁ、あれ?パパのなんだ。工学系の仕事してたみたいで、趣味で機械分解しては改造してたみたい」

「凄いお父さんだね」

「うん、自慢のパパだったよ」

頭が良く機転が利いて、多分子供思いだった人。目を伏せてその姿を思い出すけど、なかなか上手くいかなかった。私の表情を不審に思ったのだろう、萩原さんが口を開きかけたところでマスターが私を呼んだ。テラス席に持っていく商品が上がったようだ。

「注文入ったみたい。萩原さんはゆっくりしてってね」

「…うん。依ちゃんも無理しないように」

「萩原さんほどでもないよ。あ、そのコーヒーの感想、後で聞かせてね」

ひらひらと手を振ってカウンターから離れる。彼の心配そうな視線を何となく背中に感じたけど、残念ながら私はできないことはしない主義である。周りに向ける心配を是非自己愛に向けてほしいところだ。これからも彼と関わることになるんだろうなと、ぼんやりと思った。