デフォルメ・ブラック

ドスン、と音が出そうなくらい乱暴にその人はそこに座った。音に驚いて顔を上げると天然パーマでサングラスをかけた男性が不機嫌そうに肘をついている。ちらりとレジにいるマスターに視線を送れば両手を挙げられた。その行動の通り、お手上げだ、ということらしい。

「えーと…ご注文は?」

「萩原っていう男を知ってるか?」

声まで不機嫌だ。しかもコーヒーではなく萩原さんを注文されてしまった。彼は刑事だからいろんなところで恨みを買ってるかもしれないし、簡単には話さない方がいいだろう。そう思って首を傾げてみせた。

「萩原さん、ですか?ここには色んな方がいらっしゃるので、お一人お一人のお顔やお名前はあまり…それに個人情報もありますので」

「ここによく通ってる。あんたも常連の顔くらい覚えてるだろ」

「…はあ。確かに常連様のお顔や名前は存じ上げておりますが、お知りになりたい理由を頂いても?先ほど申し上げましたように個人情報に当たりますので」

申し訳なさそうに、丁寧に。目の前のサングラスの人が諦めてくれるよう願いながらそう答えると、舌打ちされた。理不尽にもほどがある。怪しい奴に教えるわけないっての。諦めてくれないかなぁともう一度マスターに助けを求めた時、カランカランと扉が鳴って来客を知らせた。視線を向けると今話題に出てきた萩原さんである。片手を上げて、今日は午前中からいるんだね、なんて口に出しながら近寄ってくるのだが、彼は気づいているだろうか。私の目の前に、睨むように座っている人物に。

「萩原ァ!」

「げっ!松田?!何で此処にいんの?!」

成る程、この人が親友の松田さんか。話に聞いていた通り、確かに怖そうである。萩原さんは、あちゃーっといった表情を一瞬浮かべたものの、直ぐにへにゃっとした笑顔でカウンターに腰を下ろした。二人の機嫌にかなりの温度差があるんだけど、突っ込まないほうがいいよね。

「萩原さん、面倒事は持ち込まないでって言ったよね、私」

「ごめんごめん。こいつが話してた松田だよ。とりあえずいつものでよろしく〜」

「りょーかい。お兄さんは?」

「コイツとおんなじやつで」

萩原さんのお気に入りであるオリジナルブレンドコーヒーを2つ用意して、カウンターから彼らの前に置く。萩原さんは松田さんに、よく此処が分かったな、なんて話してた。

「お待たせいたしました。どうぞ」

「此処のコーヒー美味いんだよ」

コーヒーの味を萩原さんに褒められて素直に嬉しい。そしてそれを知り合いに勧めてくれるのも。コーヒーを手に取った松田さんも一口飲んで、確かに美味いな、と呟いた。ますます嬉しくなって、えへへと笑う。自分が手がけたものを誰かに認めてもらえると、アルバイトをしている甲斐があるというものだ。

「萩原が迷惑かけてないか?」

「大丈夫ですよ。いつも大人しくコーヒー飲んでます」

母親のような発言をする松田さんに思わず笑ってしまった。先程までの不機嫌さはどこへ行ったのか、こうしてみると確かにいい人そうだ。何でも最近、萩原さんは度々捜査中にも関わらず何処かに行ってしまうらしく、それを突き止めようとしたら此処だったらしい。最近よく来るなあとは思ってたけど仕事しなよ、萩原さん。

「ちゃんと仕事しましょうね、萩原さん」

「してるって。松田が真面目すぎなんだよ」

「言われてますよ、松田さん」

「萩原が雑すぎんだよ」

どっちもどっちなんじゃないだろうか。喧嘩しないでくださいね、と2人のカップに追加のコーヒーを淹れてあげる。途端に言い合いを辞めて、2人が同時にカップに手をつけたから、余計に可笑しかった。きっと波長が合うんだろうなあ。

「職場でここのコーヒーが出れば、もう少しちゃんと仕事するんだけどなあ」

「萩原の言いたいことは分かる。飲み慣れたらあのうっすいインスタントじゃ確物足りねぇよな」

2人とも私が淹れるコーヒーを心底気に入ってくれたらしい。やったね!これは営業せねばと、棚から2つのタンブラーを取り出した。

「そんなお二人に朗報です。なんとこの度、当店のコーヒーをタンブラーで持ち帰ることができるようになりました〜」

「まじで?!」

「もしタンブラーをお持ちでないなら、当店限定のタンブラーをご用意しております。お色目はアイボリーとブラック、それからレッドです。是非ご利用ください」

「このタイミングで商売するあんたがスゲェよ」

アイボリーとブラックのタンブラーを両手にそう紹介すれば、松田さんが半分呆れ顔で笑う。萩原さんは二つ返事で購入を決めてくれたようだ。いいお客様である。そんな萩原さんと私のやり取りを呆れたように見ていた松田さんだったけど、その目がちゃんとタンブラーに向けられていたこと知ってるんだからね。結局1時間ほど小話をした後、2人はそれぞれレッドとブラックのタンブラーを購入し、テイクアウトのコーヒーも買ってくれた。

「じゃあまた来るね」

「バイトもいいが勉学に励めよ」

「お二人もお仕事頑張ってくださいね〜」

注文されたコーヒーを淹れながら、仲良く並んで帰る2人の姿を見送った。