真昼のカウンターテーブル



「おお…優作さんから?」

ピンポンとチャイムが鳴って出てみると、威勢のいいお兄さんに宅配便です!と手渡された小包。サインして受け取ったそれはそんなに重たくもないけれど、ずっしりと何かが入っていることは分かった。宛名を見ると流れる様な筆記体で工藤優作と書いてある。随分と久しぶりに見る名前に胸が躍った。いや待てよ、私優作さんに自宅の住所教えてたっけ。数秒考えたもののまあいいかとすぐにガムテープをはがしにかかった。品物のところに生ものと書いてあるし、はるばる何時間も海を渡ってきたのだから早く開けたほうがいいだろう。

「わわ!珈琲豆だ…」

中から出てきたのは麻袋に入った珈琲豆。まだ焙煎前のものであるため、やや白みがかって青臭さの残るそれは、たぶん今度優作さんが帰国したときに焙煎方法等を知りたいということで先に送ってくれたのだろう。一緒に入っていた紙には“カーボベルデ”と書いてある。これ、あれだ…大西洋の島国で採れる珍しい豆。なんてものを送ってくれたんだろう、優作さんは。重さはたぶん300gくらい。大体27杯分かな。一人で飲むわけにもいかないし、これは自分で仕入れた豆でもないのでちょっとした試飲に使わせてもらおうと決めた。

***

「すごいね…全員来るとは思わなかった」

優作さんから新しい珈琲豆を送ってもらった後、喫茶店つながりの人たちのグループラインへ試飲大会のお知らせを出してみた。いつそんなグループが設立されたのか、私も分からないけど気付いたら勝手に参加になってた、怖い。既読にはなったものの全員から返信をもらったわけではなかったので、皆予定もあるだろうし来ても3人くらいかなと思っていたんだけどな。お店自体は大ぴらには開けないので、裏口に回ってもらったんだけど、いるわいるわ。イケメン祭りだ。爆弾処理班組とアメリカに帰ったはずの赤井さんと公安組とあとは優作さんのご子息である工藤新一君。二度目ましてかな。私が現れたことを最初に気づいたのは赤井さんだ。銜えていた煙草を携帯用灰皿にしまいながら口を開いた。

「遅かったな」

「赤井さんアメリカからきたの?私最後かよ。皆どんだけ珈琲飲みたいの」

「なまえちゃんから連絡もらって即行で有給取った」

「…萩原だけな。おかげでしわ寄せがこっちに来てんだよ。お前マジで珈琲優先の生活どうにかしろ」

「嬉しいような悲しいような…萩原さん、ちゃんと仕事しようね」

「なまえ〜俺たちあんま時間ないからちょっぱやで頼むわ」

「俺たちが後処理してるときに試飲大会何てしなくていいでしょうに」

「お豆にも美味しい時期が限られててね〜仕込み自体はしてあるから、すぐ出せるよ」

「父さんがなまえさんによろしく伝えてくれって言ってました。すみません、俺まで」

「いいえ〜こちらこそ美味しい豆をありがとうですよ!さあどうぞ〜」

裏から店内に案内して、適当に座るように促したものの配膳を考えると大きなテーブル付近に集まってもらった方がよかったかもしれない。うん、好きな席に座ってと言ったけど、何で皆仲良くカウンター席?男性6人並んでカウンター席とか、異様な光景だしちょっと怖いよ。言ったところで移動はしてくれないと思うので、もう構わずお湯を沸かすことにした。

「今回飲んでもらうのは、カーボベルデ、サンタバーバラ・ゲイシャ、パカマラ・ロスルチャドレスです!どれも貴重な珈琲なので優作さんに感謝しながら飲んでください」

横文字ばかりでみんなぽかんとしている。私も言ってて舌噛みそうだったから大丈夫。いいよ、珈琲豆の種類は一々覚えなくても。それぞれ一番風味とコクがけんかしない焙煎程度を探して用意しておいたので、あとはお湯を注いで香りと味を楽しむだけである。

「珈琲請けはないのか?」

「食べる気満々な赤井さんに残念なお知らせ。アムサンドを作れる材料はあるんだけど、生憎作る人がね…」

「…俺の方を見て言わないでください。それを作っていたのはポアロに潜入している時だけです」

「いいじゃん、ゼロが作れば。ほら、これエプロンな」

「さすが油井さん、できる男!」

グッジョブ!と親指を立てるとドヤ顔で返された。降谷さんは私と油井さんの企みに深々と、深煎りよりももっと深い溜息を吐きながら、スーツを脱いでカウンター内へ来てくれた。真っ白いワイシャツからにょきにょきと褐色の腕が伸びる。イケメンは腕捲りする姿すら様になりますな。それに黒いサロンて何なん?ここは執事喫茶か。

「ハムには既にオリーブオイル塗ってあるので、その他諸々の味付けと形成をお願いしたいです」

「…そこまでやってあるならなまえ1人でもできるでしょう。何で態々俺が…」

「降谷のサンドイッチは確かにうまかったからな、俺も此処で食えるなら食いたい」

「あ、俺も〜!降谷君いなくなっちゃってやっぱり味が若干違うんだよね」

「ホー…そんなに美味いなら一度くらい食べて見たいものだな」

「赤井に食べさせるものはありません」

「降谷さん、相変わらず赤井さんには厳しいねえ…」

「俺も食べたことあるけど美味かったッス」

「え?新一くん戻って来た時にはもう降谷さんっていなかったような…?」

「あ、いや、だから、今のアムサンド食べたことあるんで!本物はもっと美味しいのかなと…」

「ゼロの料理の腕なら俺が保証するぜ。公安のママンだからな」

「警察学校に時も結構そんな感じだったよな?」

「え?…降谷さんみんなのママンだったの?」

「光!松田!こいつらに適当なことを吹き込むな!」

冗談はさておき、ほらほら皆に望まれているんだから作らなきゃ、と肩を叩くと、何かを我慢するようななんとも言えない表情を浮かべた降谷さん。褒められてちょっと恥ずかしさもあるのかもしれない。照れ隠しとばかりに有り難く思えよ!と捨て台詞を吐いてせっせとサンドイッチに取り掛かった。耳が赤いのは気のせいかな。内緒にしておいてあげよう。一口サイズに切ったアムサンドをお皿に乗せたらもう完璧。6人分の珈琲を入れ始める。お湯を注いだ瞬間に、ふわっと立ち上るフルーツに似た甘い香り。それにいち早く反応したのは赤井さんだ。流石、猟犬は鼻が効きますな。

「珍しい香りだな」

「でっしょ〜優作さん、目利きなんだよねえ」

豆の選定から思ったけど、やはり一流を知っている人は選ぶものも違うらしい。はいどーぞ、と端っこから珈琲を渡していく。飲み比べができるように次の珈琲を淹れはじめ、それぞれ3つずつコーヒーカップを並べた。それぞれのカップから沸き立つ香りに、皆興味深そうに一つ一つ持ち上げて楽しみ、一口飲んでから各々の反応を示した。傍から見ると結構表情に好みが表れていて面白い。今回の珈琲豆は甘めなものが多い。苦い味を好む赤井さんと降谷さんにはもしかしたら不評かもと思ったのだが、どうやら杞憂だったようだ。ゆったりと自分たちのペースでサンドウィッチ片手に珈琲を味わい、其々に舌鼓を打っている。そうして始まる珈琲談議。殺伐とした日常に身を置く大の大人達が、こうしてのんびりコーヒを楽しんでいるのを見ると、少しでも穏やかな時間が長く続いてほしいと心底思う。

私も自分で淹れた珈琲に口をつけた。舌で茶色の液体を転がし、鼻を通る香りを確認する。少し酸味が強い気がするからもう少し焙煎度を弄ってみようかな。そうやって手元のメモ帳に気付いたことを書き込んでいると、赤井さんがフッと息を零した。

「これはこれで美味い。まあ好むかと言われたらそうとは言い切れんが」

「うん、期待通りの反応有難う、赤井さん」

「どんなゲテモノを飲ませられるかと思ったら案外普通だな」

「油井さん、喧嘩売ってる?ぶっちゃけ、貴方のお財布事情が厳しくなるくらいには高級品なんだけど」

「光の舌は馬鹿だからな。煙草の吸いすぎでおかしくなっているんだ」

「降谷、今の発言は喫煙者全員を敵に回したぞ。俺は最初のやつが美味かったな」

「カーボベルデ?マイ豆にするなら仕入れようか?」

「そこで商売精神出すなよ、なまえ。買わねぇよ」

「何だ、残念〜」

「まあ、油井君の言ってることも分けるけどね。確かにうまいけど、庶民舌の俺はいつものなまえちゃんの珈琲が一番旨いなあ」

「萩原さん…っ!口がうまいんだから…!いつものブレンド淹れてあげちゃう!」

「俺もなまえさんのオススメの方が好きですね…父さん、独特の嗜好あるんで…」

恥ずかしそうにそう言ってくれる新一くん。可愛すぎか。そんな君にもブレンドを淹れてあげよう。優作さんの紳士っぷりを見事にそのまま貼り付けてくれちゃって、もうこの歳でそんだけ揃ってたら女の子は放っておかないね、きっと。そんな初々しい高校生にキュンとしていると、遠慮のない声が飛ぶ。

「なまえ、俺にもいつものやつを淹れてくれないか?」

「残念ながらコナは品切れ中です〜」

「そうか。なら萩原くんと同じものを」

「いやいや、試飲を3杯分用意したじゃん。もう飲んだの?早すぎでしょ」

「なまえ、俺は持ち帰りで頼むわ。ゼロはどうする?そろそろ時間だろ」

「そうだな…なまえ、テイクアウト2杯分で」

「待って待って!今日お店はお休みなの。分かってる?注文は受け付けないよ」

そういうとじっと見てきた3人組。何だこのウイスキートリオは。自由すぎか。凄んだって出さないよと、それらしい理由をつけて諦めてもらおうと思ったのだが、口がよく回る3人に勝てるはずもなく、そこへ松田さんも加われば私に勝ち目などはない。調子に乗って工藤君と萩原さんにブレンドを出してしまった自分を、一発殴りたい。結局時間ぎりぎりになってしまい、警視庁まで届けてくれというオーダーは丁重にお断りさせていただきました。車飛ばせは帰れるでしょ。危険運転してるの知ってるんだからね、降谷さん。公安組を見送って落ち着いた店内。ほっと一息ついた私に新一君から朗報がもたらされた。

「あ…なまえさん、父さん今日の夜の便でつくらしいよ」

「本当?!じゃあ明日お店開けるって伝えておいて!奥様もぜひって!」

「分かりました。伝えておきますね」

「おいおい、随分と俺たちと扱い違うじゃねえか、なまえ」

「だって優作さんには緋色の捜査官の小説のことでちょっと聞きたいことがあって…会うのも久しぶりだから楽しみだな〜」

「…常連の俺たちとしては複雑だねえ」

「違えねぇな」

「なまえ、その小説のモデルとなった人物なら今お前の目の前にいるが?」

「冗談は顔だけにしてよ、赤井さん」

「…」

真顔で返した私に苦笑いを零した新一君。次の日、奥様を引き連れてやってきた優作さんの口から確かに赤井さんをモデルにしたと聞かされ、やっちまったと思ったのはまた別のお話。


title by プラム