平和に行きましょう。
きっさ
「二度と、旅行には、行かない」
一節ごとに覚悟と怨嗟を込めた声と共に少女の頭が机に落ちた。それなりに破壊的な音がしてコーヒーが零れたが、突っ伏して呻く少女はお構い無しに死んでいる。
「辛い時はどうする、幸せだった頃でも思い出すか?」
多々良はにっこりと微笑んでやった。何も知らなかった頃が恋しかろう。兄と祖母に囲まれ、まだ手足の揃っていた己に憧憬の目を向けていた子どもの頃に。
「まさか」
沙良の目は多々良の左腕に向けられている。空虚に揺れる袖に中身などない。
「貴方がいる限り、辛くなんてありませんよ」
その美しい肉の殻を切り裂けば、中から黒々とした汚泥が零れるのだろう。
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