「……っ!んっ!ちょ、まっ、あ…かぁ…しっ!」


「待ちませんよ。嫌ですか?」


 いつものやわらかで甘やかな、赤葦の胸をゆるく抉る愛おしい声が、少しだけ掠れていた。そうさせているのが自分なのだと思うと、腹から這い上がる愉悦と嗜虐の波に呑まれそうになる。嫌かと聞くと黒尾はふるふると小さくかぶりを振った。共に揺れる寝癖のへたれた黒髪は真白のシーツによく映える。きゅうとモノに絡む熱くやわい内壁も嫌なわけないと告げているみたいで、赤葦は唇に微かな笑みを乗せた。ナカの心地よさを味わいながらゆっくりと腰を進める。充分に注いだローションとしつこく這わせた指に舌、まさにとろとろ蕩ける黒尾のナカは控えめに言っても極楽、忘我の境であった。それに蕩けているだけではない、赤葦を呑み込み絡みついて締め上げる悪魔みたいなそこ。ぬぷぬぷと濡れた音が響く。強烈に誘い込むナカのうねりに我慢できず、ぐぷっと一息に根元まで押し込めば、黒尾のモノはとぷり、己の腹に勢いよく白濁を撒き散らした。


「ぁ、あ、あっ!いっ!……んぁっ!!」


「……気持ち、いいですか?」


 意図せず痛いほどにモノを締めつける黒尾のナカはひどく熱い。赤葦は眉間に微かな皺を刻みながら、深い海の底を思わせる黒いまなこを見開く彼の額にちゅうと口づけを落とした。はあ、短く息を吐き出して、額の次はまぶた、頬、鼻の頭へと唇を寄せる。白くしなやかな脚をぐっと折り曲げ抱き込むみたいにのし掛かれば、黒尾の白濁がぬるりと腹に触れた。それを塗り広げながら、吐精はしてもまだ萎えていないモノも共に下腹でゆるゆる擦ってやる。薄い唇から漏れる小さく掠れた悲鳴と背に絡む真白の脚、潤む瞳。淫猥に乱れる黒尾をこんなにも間近で見ることを許された悦び。歓喜にぶるりと身震いしてしまうのも仕方がない。二年だ。二年間ただ見つめていたのだから。

 特にはじめの一年間は本当に見ているだけだった。中学生の赤葦と高校生の黒尾。梟谷に進むことは決まっていたから、稀に呼ばれる大きな合同合宿で黒尾を見つけた。当時のことは今でも鮮明に思い出すことができる。学校も年も違う黒尾の流す汗や吐息、笑顔の何もかもをも。それに欲情した自分はどこかおかしいのかもしれないと思った葛藤すら鮮やかに甦るのだ。想いを告げて盛大に散るか、いつまでも黙って見ているだけか、どちらにしても黒尾への気持ちが消えてなくなるわけではないのだから、ある意味絶望しかない三段論法を胸にひたすら見つめ続けた。高校生となり顔を合わせる機会が増え、想いと絶望もまた膨らむ一方で。木兎を介しバレーでの接触だけではない付き合いが始まったことは、己の琴線を大いに揺さぶり刺激した。頭の中で、果ては夢の中で、どれだけこの白い身体に喰らいつき犯したか知れない。現実性のない事象を妄想することは好きではなかったし、あり得ないことに期待するのも全くもって本意ではないというのに。自分で自分が気持ち悪いと常に断罪し続けた二年間。拗らせた初恋を腹に押し込み、怜悧な後輩であり続けた二年間。


「……俺、今でもたまに思うんですよ」


「んっ、あぁっ!な、に」


 モノを埋めたまま覆い被さる赤葦を深海の黒が見つめる。玻璃みたいに煌めく瞳はとろりとした甘さをなみなみ湛えていた。これが赤葦だけのものなのだ。必要以上に距離の近い木兎や可愛い後輩の月島のものではなくて、自分の。やはり身は熱く震え、快感が背を舐める。自分はこんなにも感情的な人間だったのだろうか。黒尾に引きずり出される知らなかった己を見るのは少しだけ怖かった。


「黒尾さんとこうしていられるのが夢なんじゃないかって」


「…………」


 互いの吐息が触れ、混じりあう。

 想いの箍が外れたのは半年ほど前、赤葦が二年になった春のこと。それはもう見事なまでに弾け飛んだ。妄想と夢の中の黒尾はいつだって赤葦に甘く愛を囁き、従順にその身を委ねた。時には酷く強く抱かれたいと唆されて、口にするのも憚られるような無体まで働いて。得手勝手で都合のよい未来を描くことにいい加減耐えかねていた頃だった。けれど道ならぬ想いだと自分が何よりもよくわかっていたからこそ、三段論法ならぬ五段は堪えたに違いない。木兎がそのときは何故か普段よりも黒尾に触れたがって、ぎゅうっと後ろから抱きついたときも堪えた。黒尾がふうっと笑みをこぼしながら、狐爪の頭をやわらかな手つきで撫でたときも。この辺なかなか筋肉つかねえんだと言い、赤葦の手を取り胸を触らせ、かつ自分の胸まで触られたときも。皆で木兎宅に泊まり、黒尾の隣で例の寝相に巻き込まれ寄り添うみたいに眠ったときも。既に想いは軋み大きな音を立てていたのだけど。麗らかな春の陽が満開の桜のあわいから穏やかに降り注ぐある日、黒尾が他校の後輩男子に所謂告白というものをされているところを見てしまったときも。ここまではどうにか堪えることができた。確証はなくともきっと黒尾は断るだろうと思っていたから。果たしてその後輩男子は無事に振られたのだけれど、黒尾の返答に赤葦の中の何かがぷっつりと切れてしまった。曰く、すげえ気になる奴がいるから付き合えない、と。盗み聞きはよくないと理由をつけて逃げ出した赤葦は、足早に立ち去りながらも動悸が激しくなるのを抑えることができなかった。誰なのだろう。同じ音駒の女生徒なのか、はたまた木兎や狐爪ではあるまいか。まさか黒尾までもが同性に恋心を抱いているなどとは考えたくもないけれど。そうそう自分みたいな想いを持つ者がいてたまるか。そのときの赤葦は珍しくも確かに混乱していた。


「……黒尾さん」


「なあに、赤葦」


「黒尾さんは……好きなひとがいるんですか」


 頃合いというものは、良くも悪くもぴたりとはまってしまうことが往々にしてあるもので。自主練の後、腹が減ったと着替えもそこそこに食堂へと駆けて行った木兎に残された赤葦と黒尾。ゆるい会話を交わしながら着替えていたのだけれど、ユニフォームを脱いだ黒尾の白い肌を目にした刹那、唇からはひとりでに言葉がまろび出た。


「……なんで?」


「すみません、昼に告白されているところを見てしまいました」


「気になんの?」


「……はい」


 着替えの手を止め、すうっと目を眇めた黒尾の唇がやわらかな弧を描く。それは今までにひと度も見たことのない、ひどく艶かしい笑みだった。好きな誰かを思い描いているのかと思うと、殺意にも似た絶望が胸に渦を巻く。そこには泰然とした聡い赤葦京治などいはしなかった。己の中で幾度犯したかわからないなめらかな肌に、しなやかな身体に、気を抜けば震えてしまいそうになる手を伸ばす。

 黒尾は、その激情に駆られた手のひらから、逃げることはしなかった。






 


prev|next
ALICE+