「じゃあ月島、ちょっとあっちに行こうか」


「……じゃあ、の意味がわからないんですけど」


 この状態で何と繋がって「じゃあ」なのか、しかもわからないのはその接続詞だけではなかった。すぐに下ろされると思っていたこの体勢も、どうして「あっち」に連れて行かれるのかも、どれもこれもさっぱり訳がわからない。こんな小さくも軽くもない男を抱き上げて、あまつさえ額に口付けまで落とすとは。


「ん、だってベッドはあっちだからね」


「…………そ、そういうことは女の子として下さい!だいたい僕は可愛くもやわらかくもないでしょ」


 さらりとベッドがどうのと赤葦は言うけれど、いくら恋愛に興味のない月島であってもベッドの上で何をするかくらいはわかる。


「……なに、月島自分のこと可愛くないと思ってるの?」


「……当然。僕のことこんなふうに扱うのは赤葦さんくらいですから!と、とにかく、下ろして…」


 赤くなっているのか青くなっているのかわからない顔を覗き込まれて、急に近付いた赤葦に心臓をぎゅうっと掴まれたような心持ちになった。切れ長で睫毛の長い艶かしい目から視線を外せずにいると、ふう、ため息をひとつついた赤葦は動揺を隠せずにいる月島のことなどお構いなしに、顔を上げ足取り軽く歩き始める。リビングの先にはボイルカーテンで仕切られただけのベッドルームがあり、足はやはり宣言通りそちらへ向かっているようだった。


「月島は自己評価が低すぎるね。どれだけ可愛いか教えてあげる」


 そもそもこのよくわからない状態となった経緯は、まず赤葦の家でスイーツと紅茶を楽しんでいるところまで遡る。月島は色が白くて肌がなめらかだという赤葦の言葉が発端のように思うが、そのときはこうなることなど当然つゆほども考えてはいなかった。


『日焼けも赤くなって終わりですし、何か軟弱な奴みたいで僕は好きじゃないです。スタミナもないし。赤葦さんは結構スタミナありますよね』


『そうだね。瞬間的なパワー不足をどうにかしたいんだけど、月島くらいは楽に抱き抱えられるよ』


『姫抱きですかー。僕は女の子にそこまで頑張りたくないですね』


『ふふっ。月島が女の子に必死になる姿は想像できないね。愛されて、溶かされてるほうが似合ってる。俺は月島好きだよ。どろどろになるまで愛してあげたい』


 おおよそこのような会話をした記憶がある。女子に対しての話と赤葦の気持ちが何故同列に語られたのかは定かではないけれど、何でもないことのようにとんでもないことを言われたということだけはわかった。そして、立ち上がった赤葦に軽々と抱えられ、今に至る。


「っ!あ、かあしさんっ!あのっ!」


「月島は俺のこと嫌い?」


 何なんだ、何故なんだと混乱しているうちにそうっとベッドに下ろされ、ベッドヘッドにもたれた赤葦の脚のあいだにこの身はあっさりと収まった。体勢的には横抱きにされているのと変わらず、背中は赤葦の立てた膝に、首の後ろは赤葦の腕に支えられている。そして、何より顔が近い。先ほど覗き込まれたときよりも更に近い。


「……きらいな、わけないでしょ。誰かとこんな、いつも会ったりしたこと、ないし…」


「じゃあ、好き?」


「っ、だから!じゃあってなに!……それは、好きか嫌いかって言ったら……すき…だけど」


「そう。まあ、今はそれで十分かな」


 目を細めてやわらかく笑う赤葦はどこをどう見ても立派な男だとわかってはいるけれど、どうしてか美しくてその笑みは蕩けるように甘く感じられた。

 あいた手に頬を撫でられ、そこから赤葦の熱が染み入るようで顔がやにわに熱を持つ。瞳の光彩までくっきり見えるこの距離に、思わず赤葦のシャツをぎゅっと握った。


「……月島、可愛い」


「ん…っ!」


 はあ、熱い赤葦の吐息を感じた刹那、唇にやわらかなものが触れて、すぐに離れてまた触れて、何度か繰り返されてそれが赤葦の唇なのだと気付く。頬を撫でていた指は耳の裏をたどり、うなじをくすぐるように這い、また頬へ。くすぐったさと気持ちよさはとても似ているのだと初めて知った。


「ん……んんっ…」


 小さく、ちゅ、と音を立てながら上唇と下唇を交互に食まれ、そのあたたかさとやわらかさがどうにも心地よくなる。離れると寂しさすら感じてしまう自分はどこかがおかしくなってしまったのだろうか。


「は……月島の唇、すごく気持ちいいよ」


 唇に触れる赤葦の吐息に、何故か内ももがぴくりと反応した。長い指が唇をつうっとたどり、それはそのまま顎をくい、と軽く持ち上げる。


「舌、出して」


 くちびる同士は触れるほどに近く、その上悪戯に顎を撫でられると、いいも悪いも考えるより先にちろりと舌を出してしまった。


「意地っ張りな月島も可愛いけど、素直な月島はもっと……」


 かわいい。


「……んぁっ、ん、んんっ!」


 ちゅる、少しだけ出した舌はあっという間に赤葦に吸い付かれ咥内へと持っていかれる。初めて触れる、自分ではない口の中は熱くぬるぬるとしていて、けれどその粘膜に触れるのは少しも嫌ではなかった。舌を擦り付けるように合わされ、裏側を根元から舐められる。くちゅ、じゅる、やけに近いところで響く音に、無駄だとわかっていても耳を塞ぎたくなった。どうしたらいいのかわからず不意に引っ込めた舌を追うように赤葦の舌がぬるりと唇を割り、気付いたときには既に自分の咥内で捕まっていて、もうどこにも逃げ場などなく。


「……ふ、うっ!んんっ、ん、んっ!」


 舌だけではなく唇の裏、頬の内側に歯の裏まで、赤葦の舌はゆっくりと何か美味しいものでも味わうように舐め、這っていく。舌から伝う赤葦の唾液が自分のそれと混じりあい、先ほどの比ではない音を立てていて、その濡れた音にすら煽られ身体がひとりでにふるりと震えた。


「ん……つきしま…気持ち、いい?」


 艶を滲ませた瞳に見つめられると、何も隠せなくなる。かけていてもいなくてもあまり意味をなさない眼鏡は外され、それをそっとサイドテーブルに置く赤葦の指を目で追いかけた。繊細なようで力強いその指が目尻にたまった涙を拭い、少しだけ靄のなくなった視界には赤葦だけが大きく映る。





皺になってしまったシャツを再び強く握り自分へと引き寄せた。誰にも見せたことのない、きっとみっともないほどに蕩けている顔を赤葦に近付けると、濡れた唇をゆっくりひらく。


「……こんなにあまいの、たべたことない。…どろどろに、なりそうなんだけど」




 甘味は依存性があるという。
 普通のスイーツでは物足りなくなったら。

 責任、とってよね。






赤葦×月島|Main


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