高校一年はあっという間に時が過ぎ去っていき、
年が明けてから一ヶ月弱が経った。日本列島を襲った大寒波により今シーズン一番の冷えこみとなった今日。東京では朝から雪が舞っており、高校になってもどこか浮き足立った雰囲気実里は朝から別の格闘していた。

とてつもない眠気とだるさ、それに鈍痛。今月もやってきたそれはいつもと違い、爪痕を残すみたいにガリガリと体力と気力を削っていく。じんわりと侵食していくようなそれらに耐えられず、食堂に向かう友人たちに教室で休むことを伝えた実里は静かに机に突っ伏した。保健室で横になった方が楽なのかもしれないが、今は移動するのですらかったるい。こんなに重いのは久しぶりだ。
昼休みの喧騒など気にならないくらい思考が鈍っていく頭で、鞄に入ったままのお弁当に思いを馳せた。食欲はないけれど、残すのももったいない。どうしようかな。ぬくぬくと腰に貼ったカイロが発熱しているのを感じながら考えるが、だんだんと襲いくる睡魔に抗うこともできず、実里はすぐに意識を手放した。


ガタン。響いた音に沈んでいた意識が引き戻される。ぼやけた視界で焦点を合わせようとしている最中、今は昼休みだったことを思い出し、いつの間にか眠ってしまったのだと理解した。
ようやく視界が晴れたころ、隣から椅子を引く音が聞こえ、チラリと見上げたら赤葦くんがため息をつきながら席に着いていた。その顔は心なしか今朝よりやつれているように見える。
なにかあったのだろうか。チャックをひっぱりスポーツバッグの中を探る赤葦くんをぼんやり眺めていると、こちらの視線に気がついたのか不思議そうに首をかしげた。


「なに?」
「あ……いや。なんか、おつかれかなって」
「あぁ、うん。ちょっと部活の先輩に呼ばれてて」


「昼飯食べそびれるところだったよ」、ガサゴソと漁りながら答える赤葦くんは先ほどまでの出来事を思い出したのか、げんなりとした表情を浮かべる。
部活のセンパイ。そう言われて頭に浮かんだのは、休み時間や放課後にたまに現れる声の大きい二年生。「あかーし!」と叫ぶその先輩に呼ばれるたび、面倒くさそうな表情を浮かべていた赤葦くんを何度か見かけたことがある。今日は四限目の授業が長引いたから、昼ごはんを食べる間もあたえられずに教室を出る羽目になったのだろうか。詳しくは知らないけど、運動部の上下関係は厳しいと聞くからそう思った。
時計を見れば予鈴まであと5分。本鈴まで含めれば15分。男の子ならご飯をかきこめば今からでも十分間に合う時間だ。

「木原も、調子わるそうだけど大丈夫?」
「へっ」

まさか自身のことに話が振られるとは思わなかった実里は、目を瞬かせた。傍目からも調子悪そうに見えるのだろうか。

「う、ん。大丈夫。ちょっと眠いだけだから」

少し眠ったおかげで先ほどより幾分か楽にはなったが、正直まだ全然だるい。しかしそれを説明するのも難しいので事実をまぜて誤魔化すと、赤葦くんはチラリとこっちをみて「そっか」とつぶやいた。
普段それほど喋らない性格だというのもあるけれど、赤葦くんは高校一年生にしては随分と大人びていて、思慮深いと感じる場面が多々ある。
他人の事情には不用意に踏み込まない性格なのだろう。というより、関わりの少ない女子のことなどどうでもいいのかもしれない。
と、「うわ」と赤葦くんが唸った。

「どうしたの?」
「昼メシ家に忘れた」

「嘘だろ」 赤葦くんは脱力したように天を仰いだ。

赤葦くんは確かバレーボール部だったはず。どのくらい上手いのかは知らないけど、先輩の練習に付き合わされるということは実力的には申し分ないのだろう。そして強豪と言うだけあって練習もハードなのだろう。昼抜きで放課後を迎えなければならないというのは、食べ盛りの男子高校生にとって死活問題だ。

へとへとになって戻ってきて食事にありつけない様子を見て気の毒に思っているとき、ふと鞄の中の弁当の存在を思い出した。

「あの、よその家のが大丈夫なら、わたしのお弁当食べる?」
「え?」
「これ、まだ手つけてないから」

鞄から弁当の包みを取りだし見せると、赤葦くんは視線をわたしと弁当との間で行き来させた。

「木原のじゃないの?」
「あー…わたしはいいの」

意味が分からないというような怪訝な表情を浮かべ、赤葦くんは「なんで」とさらに問う。

「食欲がなくて」
「…さっき眠いだけって」

「あ、はは……」 苦し紛れに笑ってみせるも、赤葦くんは表情を顰めさせたままジッとこちらを見つめる。

「ほんとうに大したことないから。たまーーにあることだし薬も飲んだよ」

「じゃあ、ありがたくいただきます」
運動部って練習ハードだろうし、育ち盛りの男の子だもんね。そりゃあお腹すくよね。
「…あ!」
結び目をほどいてた
「あ、あの風邪じゃないからわたし。喉も鼻も無事だから」
「だから、その…万が一にも病気とか移るとかはないと思うので」

安心して食べてください。尻すぼみになっていくわたしの様子がおもしろかったのか、赤葦くんは

「いや、練習前に食べるおにぎりはあるから、大丈夫だよ」

男子高校生ってすごい。でも、赤葦くんは背も高いし、きっとすぐに食べた分のカロリーは消費しちゃうんだろう。ちょっと羨ましい。


「おいしい」
「よかった」

残念ながら自分で作ったものではないので、「おかあさんに伝えとくね」とつけ足しておいた。


「人がおいしそうに食べてる姿って、なんかいいね」

もぐもぐする様子にうちの犬を思い出したことはさすがに言わないでおいた。「そっか」と小さく返した赤葦君はどこか恥ずかしそうで少しかわいい。
その後も次々と弁当の中身を空にしていく様子をぼんやり眺めていたら、わたしの視線に耐えかねたのか、「あんま見ないで」と顔を反対側へ逸らされてしまった。
気分を害してしまっただろうか。申し訳ない。そう思っていたら、癖っ毛からのぞく耳がほんのり色づいてるのを見つけてしまい、ふ、と笑いが漏れてしまった。照れてるんだ、ちょっとかわいい。意外な姿に隠しもせず笑っていたら今度はジロリと恨めしそうに睨まれてしまった。

ロッカーから戻ってくると、赤葦くんは


放課後、なんとか今日の授業を乗り切り帰りの支度をしていると、机に2つ、のど飴と書かれた小さな袋が置かれた。手の主を見ると赤葦くんが斜めがけのスポーツバッグを下げて立っていた。

「弁当、ありがとう」

飴玉を見て、納得。おそらくこれはお弁当のお礼だ。のど飴を持っていたのは偶然なのかもしれないけど、体調が良くない私を気遣っているように思えて、じんわりと心が温まった。

「風邪じゃないよ」
「わかってるよ」

じくじくと体を蝕んでいた痛みも和らいだ気がする。

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