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みょうじなまえはリビングでひとり、とあるものをせっせと作っていた。今日は陽太郎と私以外誰一人として支部にいない。因みに陽太郎は、私の真向かいで雷神丸のおなかを枕にして寝息を立てている。隊員がこぞっていないなんて、珍しいこともあるもんだなと思っていると、玄関から「ただいま帰りました」という声が聞こえた。この声は耳馴染みがある声だ。きっとあの人だろう。リビングの扉が開いたのでそちらに目を向けると、予想通りの人物がいた。
「おかえり〜バイト帰り?」
「はい。他の皆さんは?」
「う〜〜ん、それがいないんだよねえ」
「本部にでも行ったんですかね」
「かもね。あ、とりまる何か食べる?作ろうか?」
「あ、いえ大丈夫です。賄い食べてきたので。…… みょうじ先輩は一体何をしているんですか?」
とりまるが困惑するのも当然、私が使っているテーブルの上には折り紙や卵型の球、糊などの接着剤が置いてあった。しかも折り紙は複数種類用意されている。玉狛では滅多に見ないような光景である。ここでは基本的に中学生以上の人が在籍しているため、折り紙といった「図画工作」に必要なものはあまり置かれていないし見かけないのが現状だ。ましてやそれが戦術の役に立つのかと訊かれれば、答えはほとんどノーだろう。折り紙を作戦会議に持ち込んで説明用途に使った人なんて聞いたことがないし、そんなことをするくらいならログをみんなで見返した方が早い。しかし、もしかすると趣味で折り紙を基地に持ち込んでいる人はいるかもしれないので、それは否定しない。しかしながら、私はそういった用件でこの折り紙を使って工作をしているわけではない。強いて言えば趣味の範囲内に入ると思う。
「雛人形を作ってるの」
「……とうとう頭がおかしくなりましたか?」
「しっつれいね?!別におかしくなってないわよ!」
「すみません……ところで、雛人形ってどうやって作るんですか?」
とりまるが私の隣に座り手元を覗き込む。私は、自慢げに製作途中の女雛を見せた。男雛はまだ手を付けていないので、机の上で素材のまま放置している。とりまるは興味津々な顔をして、私の手中にあった女雛を取り、じっとそれを見つめた。
「このカプセルに折り紙を貼って雛人形にしているわけですか」
「そういうこと。ただ、折り紙をちぎったのは失敗だったかな、時間がかかりすぎる」
「俺は好きですよ、こういうの。そのまま折り紙を貼るよりもあたたかい感じがして」
「そう言われると嬉しいね」
この間買い出しに行った時にたまたま見つけたカプセル。それはガシャポンのケースを縦に伸ばして卵型にしたような形で、それを見た時に雛人形を作ろうと思いついたのだ。ここ玉狛支部には雛人形がない。更に言えば、五月人形もない。七夕のときは近くに生えている笹を切ってきて、そこにお願い事を書いた短冊を飾っているし、中秋の満月の日もすすきをどこからともなく刈ってきて飾っている。クリスマスツリーは最近買ったらしく、それを知った陽太郎が喜んでいたのが記憶に新しい。以上のことから、雛祭りやこどもの日は毎年人形がない状態で迎えているし、何しろ、そんな行事を気にしている人は私以外いないんじゃないかと思う。西洋の行事は覚えているのに、どうして自国のことになると疎くなるのか、それは人類の一生の謎だと感じる。
しかし私は、そんな日々に終止符を打つことにした。つまり、私が人形たちを手作りして代用しようと考えたのだ。そうと決まればあとは行動するのみだ。私は買い物かごにカプセルや折り紙、和紙、糊など、必要と考えられるものを入れて購入したのが二日前。そして今日、たまたま時間ができたので作業に没頭しているわけだ。その途中でとりまると遭遇した。
「俺も手伝いますよ。男雛の方を作りましょうか?」
「えーいいの?ありがとうね」
男雛用のカプセルと、男雛で使おうと思っていた折り紙、和紙を渡した。私流の作り方を説明しようと思ったら「さっき女雛を見た時に大体わかったので大丈夫です」と丁重に断られてしまった。確かに、カプセルにちぎった紙を貼るという何の変哲もない作業だから、説明不要なのも明白だったなと思い、それぞれの作業に真剣に取り掛かった。作業途中に、とりまるがぽつりと言葉を発した。
「うちにも雛人形があるんですけど」
「ほう。大きいやつ?」
「いや、四段くらいのやつです」
「それでも大きいじゃん」
「ありがとうございます。……それで、俺は妹がいるので、毎年飾るんですよ、雛人形」
「うん」
とりまるが何を言いたいのかいまいちわからない。でも、このまま聞き手に徹していたら話の筋が見えてくるだろうと思い、傾聴に意識を割いた。
「うちの妹——ふたり、いるんですけど。ふたりともお雛さまが大好きで」
「うん」
「バレンタインデーが終わったころにお雛さまを飾り付けて、三月四日に片付けるんですけど、毎年泣かれるんです。かわいいお人形さんお片づけしないでって」
「かわいい…」
「お人形さん、ずっと箱の中にいてかわいそうって言われたこともありますね」
とりまるはふっと口元を緩ませて「でも、はやく片づけないとお嫁さんに行けなくなるよっていつも伝えるんです」と言葉を紡ぐ。更に「そう言うと、いつも黙り込んじゃうんですよね、それでいじけて泣いちゃうんです」と続ける。私は、とりまるの心に少し触れた気がして嬉しかった。彼が家族のことを話すのはあまり見たことはない。もしかするとレイジさんやボスには話しているのかもしれないけれど、それはそれだ。しかし、毎日ボーダーの仕事と並行してバイトを頑張っている姿は見ているし、それがとても大変なことだということは知っている。ボーダーの給料だけではなくバイトも掛け持ちして稼いでいるのは、家が貧乏でかつ大家族だから家計を助けるためだということも知っている。最近は玉狛に新人が入ってきたため、その練習メニューを組んだりして、弟子の強化に尽力を注いでいることも知っている。これだけ挙げてもまだまだ彼の頑張りは表しきれない。すごく頑張り屋で、その頑張りを誇張することは滅多にない彼だから、時々見せるこういう兄としての顔が微笑ましく思うのかもしれない。実家では玉狛にいるときと同じくらい、いやそれ以上にしっかりと妹や弟の面倒を見ているのかもしれないなあと思うと、彼はいつ休んでいるのだろうと思った。でも、そんな心配は無用のようだ。それは、先ほどの笑みを見ればわかる。家族といることが彼にとって一番の安らぎであることは自明だ。でもそこにボーダーのみんなも含まれているといいなあ。いや、優しい彼のことだからとっくに含有しているかもしれないし、それこそ愚問では?と考えていると、隣からなにか変なこと考えてます?という声が聞こえた。
「いや〜とりまるは頑張り屋さんだなあと思ってね」
「そんなことないですよ。というか、喋り方、迅さんに似てきましたね」
「あるよ、私みたいに工作して遊ぶ暇は君にはないだろうし。ここも賑やかになったし。でも、迅と似てきたとは聞き捨てならないな〜全然似てないと思うけど?」
「語尾を伸ばすところとかそっくりですよ」
「うむ…一緒に玉狛に住んでるからかなあ」
「今の考え込む感じは陽太郎にそっくりです」
「やっぱり玉狛が原因ね?!」
「今のは小南先輩」
「うそでしょ?!」
冗談ですよととりまるは言い、作業を再開し始めた。まったく、先輩をいじるなんて何事よ。そんな役割は桐絵だけで十分だっていうのに。こんなこと桐絵に言ったら怒られそうだけどと思いながら、ふと隣の進行状況を見てみると、だいぶ終わっていることに気が付いた。因みに私はかなり前に作業は終了していた。
その後、使い終わったティッシュボックスを不用品が入った袋から取り出し、周りを小さな折り紙の色が重ならないように何種類も重ね合わせ、接着剤でくっつけた。男雛と女雛が座るところも折り紙で装飾し、男雛を右、女雛を左に置いて、ようやく完成を迎えた。そこで陽太郎が目覚めた。
「んむ…なんだ?」
「雛人形だよ。女の子のお祭りで使うの」
「ふむ……」
「陽太郎、まだ寝ぼけてますね」
陽太郎がまた夢を見始めたことを確認してから私たちは「ところで、どこに飾る?玄関?」「いや、リビングでいいんじゃないですか?」「たしかに」という会話をし、雛人形はリビングに飾ることにした。みんなびっくりしてくれるといいなあと思いながら、私はとりまるの方を見た。その時のとりまるの表情は、さっき妹ちゃんたちの話をしていた時と同じような顔をしていた。
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