射程距離はおいくつ

 朝シフトはいつもてんてこまいになるので、何度やっても慣れないというのが本音だ。わたしはまだそれほどこの時間帯にバイトを入れてはいないけれど、客の顔を見れば「ああ、このお客さん、この間もドリップコーヒーを頼んでいたな」と思うこともある。それがキャラの濃い人を見かければ尚更だ。

「ああすいません。えー…っと……これ二つと、あとはこれとこれ一つずつお願いします」

 あ、この人は。先週、この早朝の時間のバイトを代われないかとバイトの先輩にお願いされて、断り切れずに渋々とシフトを入れて働いた時に店に来てくれたお兄さんだ。いつもなら常連さん以外のお客様は覚えていないけれど、この人は関西弁訛りの話し方をするから記憶に残っていたのだ。加えてあの時は一人でのご来店だったにもかかわらず、ドリンクをふたつ買っていったのでもしかするとデートかなあなどと思い巡らせた。しかし今日の注文はドリンク四つ。ダブルデートでもするのだろうか。

「ん?なんや、電話か……もしもし?かわいいかわいいマリオちゃん?どないしたん?」

 どうやら、彼女の名前はマリオちゃんというらしい。わたしはレジ打ちをして支払い金額を提示した。

「さっき言ってたやつやなくて、季節限定のやつに変えるんやな?」

 どうやら、先程注文したドリンクとは別のものに変更するらしい。このお兄さんの話し方から推測するに、きっとこのさつまいものドリンクと先程の四つのうちのどれかとを変更するのだろう。電話が終わったらしいお兄さんは、スマホを鞄に片付けたあと、またメニュー表を指さしながら変更点をわたしに告げた。

「すいませんけど、さっきのこれを、季節限定の——ああ、このさつまいものやつに変えてもろてもいいですか」
「かしこまりました」

 わたしは再オーダーを出し、購入金額の合計を提示した。

「合計で、2350円です」
「2350円やな、ちょっと待ってや」

 そう言うと、目の前のお兄さんは財布から2000円札を取り出し、そして残りの350円を出そうと小銭が入っているところのチャックを開けた瞬間「あ」と声を漏らした。

「せや、さっき50円使ったんやった……お姉さん、400円でもええ?」
「もちろんでございます」

 お兄さんから2400円を受け取って、精算を進める。50円のお釣りとレシートを渡し、受け渡しカウンターへとお進みになるように促す。そして無事に受け渡しカウンターに進んだことを横目に見ながら、新たな客の応対を始めた。
 その客がレジを離れたことを見届けたあと、客がいることの確認をせずに「いらっしゃいませ」と言うと、そこには誰もいなかった。わたしはそこでようやく通勤・通学ラッシュが過ぎ去ったのだということを知り、ふうっと大きく息を吐いた。するとわたしから見て斜め左から「なんや、大きい溜め息やな」という声がした。

「あ、先程の」
「そんな大きいの吐いたら、幸せ逃げるで」
「え、あ、はい、申し訳ございません……?」
「あーー!そういうことやなくて!」

 頭をガシガシと掻きながら、言葉を濁す。わたしはお兄さんの言葉よりも、次はいつお客様が来るのかといったことやイートインをされているお客様の方に注意を向けていた。それにわたしとの会話に時間を使うのではなくて、はやく飲み物を渡しに行ったほうがいいのではないかと思った。

「また来ますわ」
「え?」
「お姉さん、さっきから周りの方チラチラ見て俺のこと意識してないみたいやし」
「えっあっそれはっ――」
「ええねんええねん、気にしてないし」

 飲み物を持っていない方の手を左右に振って、お兄さんは店を出る。私はさっきの「意識していない」という言葉について考えながら、「ありがとうございました」と言った。あの言葉はお客としての意味なのか、それとも別の意味なのか。

♢♢♢


「イコさん、どうでした?この間言ってた、かわいいかわいい店員さんには会えました?」

 買ってきてもらったドリンクを手に、隠岐は生駒に尋ねる。その質問に生駒は飲んでいたものを吹き出しそうになるのを堪えたあと、返答した。

「おん。でもなあ、脈なしやねん」
「あーそれは辛い」

 全員に飲み物を配り終え、本部基地に向かって歩き始めたとき、生駒が不意に先程の話の続きを話し始めた。

「せやから決めてん。俺あの店に毎日通うわ」

 その場にいた生駒隊四人はぎょっとした顔で隊長を見つめ、水上が助言した。

「……イコさん、お金なくなりますよ?」
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