愁思

 ピッピッと機械を動かす徹を見て、彼と一緒にカラオケに来たのは随分と久しぶりだなあとしみじみと思った。それと同時に、隣で楽しそうに曲を選ぶ彼の横顔になぜか淋しさを覚えた。岩ちゃんは今、お手洗いに行っている。

「最初、どれ歌う?俺の中での流行はこれなんだけど」

 手元で動かしていた機械をわたしの方に傾けて意見を促す。わたしは覗き込んで「いいね」と言った。その言葉を聞いた徹は、満足そうな顔をして一曲目にそれを選択した。
 ふたりで曲を決めて、一曲目が始まる頃に岩ちゃんが帰ってきた。曲のイントロを聞いた岩ちゃんが徹に渋面を作る。

「古いな」
「古いって何さ?!俺の中ではこれが最新なんだけど?!」
「ほらほらふたりとも言い合いしてないで。徹、もう始まってるよ?」
「あっほんとだ!遅れたの、岩ちゃんのせいだからね??」

 声高らかに歌う徹を尻目に、わたしは他の曲を入れた。バラード、R&B、ロック。途中で岩ちゃんにも何を歌いたいのか訊いて、それらも転送すれば、自由気ままな即興プレイリストの完成だ。最初の歌を全力で歌い上げた徹を見習って、わたしも楽しく歌おうとマイクを手にしたのだった。

♢♢♢


「おっし、もう帰んべ」

 最後にはみんなでマイクを持ってひとつの歌を楽しく歌い上げた。そしてその興奮も熱狂も冷めやらぬまま、周りに散らかしていたコート類をいそいそとかき集める。徹は歌唱中に注文したポテトを名残惜しいのかもぐもぐと食べていた。それはジュースも然りだ。一方の岩ちゃんは先にカウンターに行って、お会計を済ませてきてくれた。こういうところはなんにも変わっていあないなあと思いながら、わたしは身支度を済ませ、部屋を出ようと徹に言った。そして部屋から出てわたしと徹は岩ちゃんと合流し、そのままカラオケ店を後にした。
 帰り道、夜風にあたりながら、今日歌った曲のラインナップを思い出す。わたしはずっとここ最近のヒット曲や好きな歌を歌って、岩ちゃんは十八番を歌って、そして徹は——。そこまで考えた時に、わたしは淋しくなった理由が分かった。だって、彼が歌った曲の中に新曲は殆どなかったことに気付いてしまったから。彼が歌っていたのはほとんどアルゼンチンを発つ頃に流行っていたものや、もしくはわたしや岩ちゃん、他の青城のみんなから教えてもらった一年以上前の流行で、今のそれとはそぐわないものばかりだった。
 ああ、こんなにも彼は、わたしの遠くに行ってしまったのか。時差も距離も今まで全然気にしたことなかったし、距離なんてアルゼンチンに住んでいること以外なんにも感じていなかったのに。徹の知らないここでのことが増えていくのと比例して、わたしの知らない徹がどんどん増えていく。今、岩ちゃんとじゃれあっている及川徹という人物が、目の前で今までと同じように顔を合わせて一年に一回程度だけど会えるこの人物が、今のわたしにはどうしようもなく遠い人物に思えて仕方ないのだ。

21.11.11
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