名探偵宇佐美
わたしは今、レイジさんからある任務を頼まれている。それは迅さんとなまえさんを起こしてくることだ。いつもならなまえさんは早めに起きてきて、レイジさんの朝食作りを手伝ったり、自分から率先して朝食作りをしたりしている。しかし、昨日は深夜任務だったらしく、朝10時になってもまだ部屋から出てこないのだ。因みに、昨日は迅さんも深夜任務だったらしく、ふたり一緒に二階に上がっていくのがバイト明けのとりまるによって目撃されている。わたしはなまえさんの部屋の扉を叩いた。
「なまえさーん、朝だよー!」
何度もこんこんと叩いてみるが、室内からは何の音沙汰もない。わたしは不安になって「なまえさん?部屋入るよ?」と断って、扉を開ける。するとそこには誰もいなかった。もぬけの殻であるベッドに腰を下ろして、スーツのさらりと撫でてみると、ひとつもぬくもりがないことが気になった。ここに来るまでになまえさんとすれ違ったのだろうか?と考えを巡らせたけれど、その可能性はないと断言できる。それは、ここに来るまでに誰ひとりとも会ってはいないからだ。つまり、なまえさんは結構前にここから去ったか、あるいは別の可能性が考えられる。まるで探偵のように、なまえさんはどこに行ったのか考えていると、ひとつの可能性に辿り着いた。いや、もうこれしか考えられない。わたしは、その「容疑者」の部屋へと向かった。
部屋の前に着いた。こんなに胸がどきどきしているのはいつぶりだろうか。当事者はわたしではないのに、まるでわたしが当事者のような気がしてきて、妙に緊張する。どうか、わたしの勘が的中していますように。そう願いながら、右手を軽くグーの形にして眼前の扉をノックした。
「迅さーん、なまえさーん、朝だよー!」
何度呼びかけても返答がない。これは、わたしの声が聞こえていないくらい熟睡しているのか、将又この部屋にいないのかの二択だ。まあ、十中八九前者だろう。わたしは「入りますよー?」と一応言って部屋に入った。早くしないとレイジさんに怒られちゃうからね。
ギーと扉が軋む音がする。その音で起こしていないかなあなんて、起こしに来たくせに変なことを思う。そして扉を開けたままベッドの方を見ると、布団に膨らみがふたつあるのが確認できた。やっぱり、なまえさんもここにいたんだ。なまえさんが部屋にいないことを知ったときに、まさかとは思ったけれど、予想通り迅さんの部屋にいた。そういえば、なまえさんは深夜任務は眠気に勝てないから苦手だって言ってたっけ。迅さんが一緒に寝ようって言ったのか、なまえさんが迅さんのあとをついて行ったのかはわからないけれど、こんな姿は貴重だ。なんせ、玉狛支部にいても、本部にいても、ふたりはあまりべたべたしない。ふたりが付き合っていることは、支部のみんなはもちろん、本部の仲の良い人も知っている。でも、それらの人が口を揃えて言うのが「ふたりは本当に付き合っているのか」の言葉だ。なまえさんは、ボーダーの仕事とプライベートをはっきりと分けている人だから、そう思ってしまうのも無理はない。でも、わたしは知っている。なまえさんは、迅さんと一緒にいるときはいつも嬉しそうなことや、一方の迅さんは、時々本部の中だというのにさらりとなまえさんの手を取っていることを。それらの光景を思い出して、思わず頬を緩めてしまう自分がいた。
「わ……」
わたしは、ふたりを起こすべくベッドに向かった。そして肩を揺すろうとしたときにやっと気付いた。これって、この体勢ってもしかして。
「バックハグ……!」
わたしが叩こうとしたのは迅さんの肩。最初は気が付かなかったけれど、迅さんが後ろからなまえさんを抱きしめて寝ていた。なまえさんは迅さんの腕枕で気持ちよさそうに寝ている。ふたりでいるときはこんな風に過ごしているんだと、わたしは口だけではなく目も覆いそうになった。こんな光景、これから先は絶対に見られないぞと思い、わたしはポケットから携帯を取り出してカシャリと写真を撮った。するとその時、廊下からわたしを呼ぶ声がした。
「しおりちゃん、ちゃんとにんむをすいこうしたか?」
「あわわ!ちょっとしずかに!」
しー!と口元に人差し指を当てて陽太郎にさっき撮った写真を見せる。すると、陽太郎は大きく目を見開いて、じんもやるな…と謎の言葉を言った。携帯が陽太郎の手元に渡る。わたしはなんとなく、その写真をもう一度見てみると、腕枕をしていない方の迅さんの手が、なまえさんの手と繋がっていることが確認できた。わたしは今度こそ、両手で顔を覆ってしまった。ふたりのプライベートを覗き見するつもりはなかったし、ましてや急に推し恋人によるきゅんの供給過多で頭がくらくらしてきた。
そんな冗談は置いておいて。わたしと陽太郎は、迅さんとなまえさんを起こさずにそうっと廊下を離れ、階段を降り、レイジさんの元へと向かった。ふたりしてリビングを煩く走って近寄ったため、レイジさんにしかめ面をされた。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「レイジさん!見てこれ!」
わたしは、レイジさんについ先程撮った写真を見せた。ん?といった顔をしてそれを覗き込んだレイジさんは、はあっとわたしと陽太郎に聞こえるような大きな声でため息をついた。わたしと陽太郎の目からはきらきらとした、わくわくを具現化したような光がその音によって消えた。
「……いつものことだ。気にしなくていい」
「い、いつものこと?!」
「ああ。深夜任務の後はいつもこうだ」
レイジさんによると、深夜任務のあとのなまえさんは眠気に負けてしょっちゅうふらふらしているらしい。それを見かねた迅さんが、最初はなまえさんを部屋に送り届けていたのだが、途中から面倒になったらしく、一緒に寝るようになったそうだ。それに、レイジさんはふたりを起こしに行ったとき、何度もこの光景に遭遇しているからもう慣れっこみたい。前言撤回。わたしと陽太郎の目はまたきらきらと光を帯び始めた。
「早くあいつらを起こしてこい。せっかく温めた朝食が冷める」
「はーい!」
わたしは鼻歌を歌いながら陽太郎と一緒に階段を駆け上がり、ふたり一緒に迅さんの部屋に突入した。
「迅さーん!なまえさーん!おーきーてー!」
「じーん!なまえちゃーん!おきろー!」
「ん……え、うさみ?ようたろう?」
目を擦りながらこちらの方を向いた迅さんは、起こしにきたのが予定外の人物だったようで驚いていた。きっと、迅さんの予知ではレイジさんが起こしに来る予定だったんだろう。でも、今回ばかりは一味違うのだ。起こしに来たのが、わたしと陽太郎というイレギュラーな面々に相当面食らったようで、迅さんは恥ずかしそうになまえさんの髪に頭を埋めた。それも、わたしたちにとっては逆効果だって気付いていないんだろうなあと自然と口角が上がってしまうのを、指でぎゅっと抑える。迅さんに馬乗りになっている陽太郎が「あさからなまえちゃんといちゃいちゃして!ずるいぞ!」と宣うと、迅さんが「うん、わかったから……おりてよ、ようたろう……」と言う。なまえさんは相変わらず爆睡している。
「レイジさんが、朝ご飯冷めちゃうからはやく降りてきてって言ってたよ」
「うん、なまえも起こして行くから……ありがとな」
「いいえー」
わたしは「ほら、陽太郎。下に降りるよ」と言ってベッドから陽太郎を降ろし、陽太郎と一緒に一階に降りた。これでようやくミッションコンプリート!台所に立つレイジさんに親指を立てた手を見せ、任務完遂を報告する。それを見たレイジさんは、わたしたちに感謝の言葉を述べ、もう少し経ったら来るであろうふたりを待った。
あとがき
「ねえ、レイジさん。なんで今日は宇佐美と陽太郎だったの」「駄目だったか?」「いや、おれがみたときはレイジさんが起こしにくる感じだったから」「たまたま宇佐美の手が空いてたんだ。陽太郎は宇佐美について行った」「そっか……これから陽太郎と小南は無しね、起こしにくるの」「なぜだ?」「小南にバレたらうるさいから。陽太郎は……言わなくてもわかるでしょ、お子様の教育に悪いからだよ。――あ、そうだ宇佐美。写真削除しといて!それかみんなに見せびらかさないで!」INDEX