いとしさと珈琲

 数ヶ月ぶりに戻った玉狛支部は、なんだか以前より賑やかになった気がした。街はいつも通りなのに、ここはどこか前よりも華やかさを加えられたような雰囲気を感じられる。それはきっと、ここ数ヶ月間の間に栞から教えられた出来事が関係しているのだと思う。
 クローニンとゆりさんとわたしはずっと他県でスカウトを行っていた。いつもはクローニンとゆりさんの二人で行っているらしいが、今回は一緒に行ってほしいと林藤支部長から直々にお願いされたのだ。どうしてですかと聞こうと思ったが、迅にそれを阻止され、なにも聞くことができないまま出発当日になってしまった。クローニンとゆりさん曰く、今回わたしを同行させたのは日頃ボーダーの仕事で忙殺されているわたしに、少しでも休暇を与えたかったためだという。スカウトは仕事ではないというわけではないが、普段のボーダーの仕事よりは幾分か自由ができるし、リフレッシュにはいい機会ではないかと考えたらしい。そして、彼らが言うには、これは迅が画策したことらしい。因みに、これは他言禁止だという。
 玉狛支部の玄関の扉を開け、リビングへと続く廊下を歩き、その扉を開けると、中から小南やレイジさん、陽太郎、雷神丸、栞、林藤支部長が出迎えてくれた。しかし、わたしを送り出した張本人の姿は見当たらない。彼らに加えて、見知らぬ女の子と三人の男の子もいた。

「戻りましたー」
「ただいま〜」
「ただいま」

 それぞれが口々に挨拶を口ずさむと、それに呼応して「おかえり〜!」「おかえりなさい!」と小南とレイジさんが返答する。ゆりさんとレイジさんが話すのを横目に見ながら、レイジさんってば相変わらずだなと思った。それぞれの会話が終わったあと、私たち三人は初対面の四人に挨拶をした。

「はじめまして、林道ゆりです」
「ミカエル・クローニン、カナダ人」
「はじめまして、みょうじなまえです」

 自己紹介が終わったあと、そういえばこの子たちはわたしたちのことを知っているんだったと思い出す。それを裏付けるように、クローニンが小南に確認するとイエスの答えが返ってきた。ゆりさんも、栞からみんなのことを聞いていたから初めて会う気がしないと言う。それはわたしも同意見だった。
 そのあと、ゆりさんと千佳ちゃん、そしてレイジさんは三雲くんのお部屋を作りに階上へと掛けていった。ヒュースくんと古閑くんはクローニンと一緒にトリガーのチューニングを、三雲くんは栞と次の対決相手の最近の試合の見直しをするらしい。わたしは急に暇になってしまった。
 徐にキッチンへと行き、珈琲を淹れる。それを持ってリビングのテレビを点けると、こつこつと階段を降りる音がした。そこに視線を向けると、久方ぶりに見た恋人がいた。

「お、帰ってたか」
「ただいま。視えていたくせによく言うよ」
「はは、帰宅早々辛辣だな」

 わたしの方に近寄り、隣に迅は腰掛けた。久しぶりに会ったというのにいつもと何ら変わらない迅の態度にわたしは安心した。それは彼が私と暫時会っていなかったことを理由に、再会した瞬間唐突にハグをするような人に見えなかったからだ。いや、よほどの理由があればするのかもしれないけれど、少なくとも今のような状態ではしないだろうなと思った次第だ。

「ヒュースくんって近界民?」
「そうだよ。聞いてなかったの?」
「うーん、聞いた気がするんだけど覚えてなかったんだよね。角みたいなのが生えてるからびっくりしちゃった」
「あーたしかに。初めて見ると驚くかもな」

 珈琲を啜る音が聞こえる。二階で小南がバタバタと騒いでいる音も、手合わせを終えていろいろとアドバイスをされている声も聞こえる。きっと外では今日もゲートが開いて、誰かがこの街の平和を守っているのだろう。やっといつもの日常が帰ってきたような気がして、わたしはひどく安心した。知らず知らずのうちにふうっと息を漏らしていたらしく、それを知った迅は母が子に向けるような眼差しで私を見た。

「大変だった?スカウト」
「うーん、そうでもないかなあ。意外と楽しかったよ。草壁隊も片桐隊もみんないい人たちだったし」
「それはよかった。お疲れさま」

 それからわたしたちは他愛もない話をした。玉狛第二ができた経緯を聞いたり、スカウトしに行った街のことを話したりとしていたら、不意に陽太郎がわたしを呼んだ。

「なまえ〜くろうにんがよんでるぞ」
「はあい、今行く」

 わたしは立って向かおうとすると、迅がふわりとわたしの頭を撫でた。突然の迅の行動に驚いて、目を見開いたままその場にまた座り込んだ。

「おかえり」
「えっ……なに、急に」
「いや、さっき言ってなかったと思って」

 そう言うと迅はまた珈琲を啜る。わたしが動けないでいると、また陽太郎がわたしを呼ぶ声がした。先程よりは少し強めの声だ。それを聞いた迅は「ほら、はやく行きな」と急かすが、その口元はにやにやとしているのが分かる。さてはサイドエフェクトでこの展開を読んでいたなと思いつつ、迅の言う通り陽太郎の元へと駆けた。
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