03


 ノックの音。私はチェーンを外さずに顔だけを扉から出して、差し出された量販店の袋を受け取った。小さい声で「ごめんなさい」と謝れば、差し出してきた男はさも罰ゲームか――もしかしたら本当にジャンケンで負けたのかもしれない――というほどの嫌悪感を顔に出して、煙草を片手にそれを差し出してきた。私はそれを受け取り、値札も外さないままに適当に履くと、ようやくのことチェーンを開けて彼らを迎え入れた。

 何もない家だったので、ソファに座ってもらい、キッチンを漁った。これだけ家具が用意されているのだからグラスの一つや二つあるのではと思ったのだ。丁度戸棚を開けると、もしかしたら先人が使っていたかもしれない埃をかぶったグラスが四つ。洗ってそのまま
水道水を淹れテーブルに並べたら、各々の反応が返ってきた。

「君が例の駆除業者? 予想していたより若いな」
「それはどうも……。貴方達が、私の相棒役? なんで三人も」
「一人がずっと張り付くのも他の仕事に支障が出るが、ころころ代わりすぎても意味ないだろ。その中の誰がモグラかなんか分からないのに……」
「成程ね」

 私が軽く頷くと、先ほど謝ってきた髭面のアジア人が口元に笑みを浮かべて、並んだ男たちを見比べた。

「オレはスコッチ、金髪がバーボンで、ロン毛がライだ」

 そう指した順繰りに、私も視線を滑らせる。
 
 スコッチは、この三人の中で一番話好きそうな男。
 良くも悪くも然して目立つような容姿ではなく、日本では馴染みやすそうだ。恐らく彼だけが生粋の日本人なのだろう。涼やかな眦は印象的だったが、肌も他の二人に比べると黄味がかって見えた。輪郭をなぞるような無精髭は、似合っているのだかいないのだか――。まあ、ただニコニコとした印象はある意味では胡散臭いとも取れる。

 スコッチがバーボンと指した男は、この中で一番華やかな男。
 天然ものだと分かるブロンドと、小麦の肌――大きく垂れた眼差し、瞳は透き通るようなアイスグレー。ファンタジーゲームの登場キャラクターだと言われても疑問は持たないかもしれない。スコッチから紹介されて「どうも」とにこやかに微笑みはしたものの、どこか棘のある印象を受けた。

 ライは、三人の中で見るからに無愛想な男。
 身長も高く、眉間に寄った皺とその目元の大きな隈が気怠そうで高圧的な態度に見える。相当なヘビースモーカーなのだろうか、グラスを持つ指は僅かに黄ばんでいた。無愛想で先ほどから一言も発さずに視線のみのコミュニケーションを取ってくるので、とっつきにくそうではあるものの、三人の中で唯一私の提供した水道水に口をつけた。警戒心が、あるのだかないのだか――。

「君は?」

 そうスコッチに促されて、私はハっと意識を戻す。それから軽く微笑んで、彼らに手を差し出した。

「ミチルです。釘宮ミチル……よろしく」

 スコッチはニコニコと握手を返す。バーボンは軽く一握り、ライはちらりと一瞥して再び視線を戻すのみだった。
 なんとも奇妙なスリーマンセルである。初日から言うのも何だが、まったくもって仲良くなれる気がしない。――まあ良い。この中の誰かを利用させてもらう日も来るかもしれないから、仲良くなってこしたことはないだろう。

「バーボンとライって何人? 綺麗な目だね」
「いえ、そんな。ミチルさんこそ……」
「ちょっとだけね、フランスだかなんだか……そのへんだよ。バーボンは?」
「さあ、色々混ざり者なので、詳しくは」

 軽く肩を竦めたバーボンに軽く頷いていたら、ライがふぅっと長く煙を燻らせた。それから、ようやく彼の声が部屋に響く。初めて聞く彼の声色は、中々にハスキーでハードボイルドなものだった。風貌からは三十前後の雰囲気であったので、それよりも幾分か年老いて聞こえる。


「――ミックス犬」


 抑揚のない口調だったが、それが何とも人を馬鹿にしているようにも聞こえる。私がフリーズしてクエスチョンマークを浮かべていると、先にソファを立ち上がったのはバーボンであった。
 ――あ、もしかしてミックス犬ってバーボンのことか。
 私はそう気づくと、ついついパっとバーボンを視線で追ってしまった。タイミングが悪かったと思う。きっとライのその揶揄が癪に障ったのだろう、バーボンが垂れた目つき鋭くして、ぐっと拳を握り肩を怒らせた姿が――なんというか、本当に犬っぽかったというか。

「ライ……ッ」

 先ほどまでフフフとほくそ笑んでいた姿が、犬がキャンっと鳴いたようにしか思えなかったというか。
 私の顔を上げたタイミングにちょうどそう≠ナあったものだから、私は思わずブフっと噴き出してしまった。

「ふ、あははっ! ご、ごめっ……、悪気はなかったんだけど……」

 くくくと腹を抱えたまま口元を押さえていると、つられるようにライがふっと口元だけをニヒルに笑ませた。もしかすると、案外笑いどころが同じなのかもしれない。だとしたら、多少距離は縮んだような気がする。

 反対に距離が一気に、日本列島の端から端ほどに離れてしまったのはバーボンだった。ライと共に笑われたのがよほど気に食わなかったのか、目つきを殊更に厳しくしてこちらを睨みつけた。

「いや、本当ごめんなさい……。ふふっ、全然、バカにしたりは……。ちょっと、ライずるいよ、一人だけ知らん顔するなんて」
「さあ? 誰もバーボンのこととは言っていないだろう」
「ずるい! そうやって逃げて……あははっ」

 後を引いてずっと笑い転げていたら、いよいよバーボンが怒りを表情に露わにした。握りしめた拳を勢いよくライのほうに振り翳したのだ。――その瞬間、私はヒュっと息を呑んで笑い声をひっこめた。

 ――もしかして、本職殺し屋とか……?

 目の前をハラっと散っていくライの黒髪。
 可笑しいだろ、なんで拳で髪の毛が切れるんだよ。どういう空気の圧? その表情が引き攣りながらも未だに笑顔なのが殊更恐ろしい。ライは平然とした表情で煙草をふかしながら躱しているが、私は御免だ。

「まあまあ、落ち着けよ」

 そんな末恐ろしいアサシンの手を、あっさりと掴んだのはスコッチだった。いや、やめておいた方が良いのではとハラハラ見守ったけれど、案外バーボンは長く息をついてぼすんとソファに座り込む。

 ――まるで犬とその飼い主。

 だなんて、尚更彼らを馬鹿にするような言葉が浮かんだものの、そこはグっと堪えておく。ここで笑ったが最後、今後の関係が疎かどころではない。犬猿の仲という言葉すら生易しいものになってしまう。

「そういえば、部屋は適当に分割して良いか?」
「ん? うん……。うん?」

 自己紹介の続きのような流れでスコッチが私に笑いかけた。一度はその自然な流れに身を任せてしまいそうになったものの、慌てて立ち止まる。

「……住むの?」
「ん? 住むよ」

 それはそうか。監視役といっているのだから、住むのか。
 ベルモットの言葉を思い返して、私は心の中で頭を抱えた。今しがたバーボンとの関係値は恐らくマイナスに突入したろうが――住むのか。この四人で!

「やっぱり、女の人にはキツいところあるよなあ。なるべく配慮できるようにするよ」

 スコッチはニコニコとそう続けるけれど、そう思う時点で反対してほしいとか他の部屋を借りろとか文句は山ほど出てきた。大らかな口調と笑顔で騙されそうになるものの、要は諦めろと言われている気がする。

「ああー……道理でファミリー向けだとは思ったんだよね、この間取り……」

 同じ階にもいくつかベビーカーや子どもようの自転車が置かれていたし、一人には贅沢だとは思っていたのだ。まさか本当に、複数人用だったとは。インターフォンが鳴って、引っ越しの荷物が詰め込まれていくのを、私は水道水片手に見守るのだ。