04

 ベルモットに与えられた部屋は、3LDK。必然的に四人で住むのなら、誰か一人自室を持たないことになる。四人で揃うことは少ないとは言えど、全員それなりに秘密がある人間であることは確かだ。私はもちろん、他の三人だって表向きには隠したいことの一つや二つ持ち合わせていることだろう。

「だからって、何でババヌキ……」

 その部屋の権利を掛けて、私たちは現在トランプを手に輪になっている。
 普通、女には一室譲らないか。着替えとか下着とか色々あるだろう。そうは思うけれど、男たちは我関せずである。――スコッチだけは、最初「さすがに不味いんじゃないか」と声を掛けてくれたけれど、ならお前が譲れと言わんばかりに視線を送っていたら知らない顔を逸らされてしまった。薄情な男である。

「しかも、ババヌキ強いし」

 私は不貞腐れた風に呟いた。現在、上からライ、バーボン、スコッチ、私の順である。正直こういったカードゲームは別に弱い方ではないのだが、どうにも今日は運が悪い。隣にいるライのカードは引けど引けど関係のないカードばかりである。

 当のライは素知らぬ顔で、どんどんとカードを減らしていくではないか。スコッチは「やっぱりライは強いなあ」なんて言いながら感心していて、そんなことを言っている間にあれよあれよと後二枚。

 申し訳ないが私には個室が必要だ。それが例え監視カメラ付きであろうと。大体、彼らはローテーションかもしれないが私の家はここだけだ。証拠になるようなものを残すことはないだろうが、それでも万が一の時には処理の時間が必須なのだ。

 私が念を押しながらライのカードに手を掛けると、彼の気だるげな片眉がピンと持ち上がった。

 ――な、なに!? 今の、どういう表情!!

 一つ、その表情の通り、引かれてはまずいカードであった。
 一つ、それを裏手に取って引いてほしいカードである。
 私が戸惑いながら指を泳がせたのを見て、ライのオリーブグリーンの瞳が意地悪っぽく細められた。その表情さえ、先ほどの表情が故意的だったのか――はたまた、僅かな動揺を誤魔化すために笑ったのか。

 考えろ。私はこれでも詐欺で生活をしていた身である。相手の心情を考えて、その隙をつくのが詐欺の基本だ。試しにもう片側のカードに手を掛けてみると、彼は益々笑みを深くする。まるで人を観察しているような、厭味ったらしい笑みである。

 私がジっと睨めっこを続けると、その長髪の背後で、ふとバーボンの険しそうな顔が見えた。もしかして、彼はライのカードを見てそんな表情を浮かべているのではないか。試しにカードを変えてみると、バーボンは深く頷いた。

 ――バーボンとライって、多分仲良くないんだよね……。

 だとしたら、こっちのカードが当たりか。私は小さくほくそ笑んでから、ひょいっとそのカードを引き抜いた。

「ぶっ」

 と、噴き出したのは誰であったか――。私の耳と目さえ正しければ、バーボンとライがほぼ同時だったように思う。手に取ったカードには堂々と道化が笑っており、私はついそのトランプを握りしめたくなってしまった。何とか深呼吸で堪えたものの、青筋が額に浮くのを堪えられない。

 ライはそのままトントン拍子に上がると、腰を上げて恐らく一番広い間取りだったろう部屋へバックパック片手に踵を返していった。「吸ってくる」、と一言断ってはいたものの、いやお前さっきリビングでも普通に吸ってただろと思う。わざわざ今更気を遣うフリをするな。

「バーボン……」
「ふふ、すみません。さっきの意趣返しですよ」
「本当最悪。見た? あの得意そうな背中……」

 顔を顰めてバーボンと視線を合わせると、彼も僅かに皺を寄せ「まあ」と小さく相槌を打った。どうやら仲が良いこともないようだ。ならどうして協力したのかと尋ねれば、バーボンは怪し気に微笑むと肩を竦める。

「僕とライが仲悪いこと、気づいていたでしょう? ならきっと引っかかると思ったんですよ」
「……感じ悪っ」
「なんとでも」

 バーボンも微笑ながらぱらっと残りのカードを中央に捨てると、「失礼」とボストンバックを持ってライの部屋から一番遠い部屋に背を向けていった。

「……」

 残されたリビングで、私はスコッチと視線を合わせた。彼は相変わらず胡散臭そうな笑顔でこちらにカードを差し出してきた。私はその笑顔にやや不信感を捨てきれないままカードを引く。当然だが、二人しかいないので残り二枚まではするすると進んだ。あとは、私がジョーカーとスペードのエース。スコッチが持っているのは、何らかのマークのエースのはずである。

 ――実は、先ほどジョーカーを握りしめた時に、カードに僅かな爪跡を残している。このカードを引かせることさえできれば、私にはどちらがジョーカーか分かる。つまり今の私にできることは、ジョーカーをスコッチに引かせること。
 ここは私の腕の見せ所である。さて、どうしてくれようかと心の中で舌なめずりをしていると、あっけらかんとした声が部屋に響いた。

「うーん、こっちかな」

 するり、と何の躊躇いもなく私の手元からカードが抜かれていく。
 私は小さく口元を開いたまま、抜かれたカードを見守っていった。ジョーカーだ。あまりにすんなりと手元を離れたそれに、拍子抜けしてしまった。私は間抜けた顔のまま、彼の手元にあるもう一枚のエースを抜いた。ハートのエース。それを中央のカードの山にぽいっと捨てると、スコッチは相変わらず人の好いような――悪いような、そんな笑顔を浮かべた。

「じゃあ、オレはここで寝るよ」
「……本当に良いの?」
「公平なゲームだろ。ま、いざとなりゃバーボンかライの部屋を借りるさ」

 男だしな、と彼はテーブルの上にあるカードの山の角を揃え始める。
 確かに、公平なゲームだ。最後はちょっとだけ細工をしたものの、トランプ自体はバーボンが持っていた新品のものであり――というか第一ババヌキではシルシ付けくらいしかイカサマの方法がない。至って公平であったと言えるだろう。

 私は遠慮がちに僅かな荷物を、ライの横隣の部屋に運び入れた。有難いので貰えるものは貰っておくけれど。ああ、疲れた――。部屋に着いてから就寝までずいぶんな時間を要した。大きく伸びをして、既に置かれていたマットレスに寝転んだ。ジャケットを掛けて欠伸を零しているうちに、携帯をリビングに置いてきたことを思い出した。

 さすがに他のメンバーがいるというのに携帯を置いたままなのは不味い――。
 
 しょうがない、取りに行こう。のそのそとリビングへ戻ると、もう人気はなかった。スコッチは外へ出たのか――いや、シャワーの音がするのでそちらかもしれない。机に伏せたままの携帯を取って、部屋に戻ろうとした時に、何かが反射した。


「……鏡?」


 ソファの背もたれに、不自然なバランスで置かれたコンパクトに、私は顔を歪める。鏡、ババ抜き。その単語だけで嫌な予感しかしない。ふとニヤニヤと笑う狐のような翡翠の瞳が頭を過ぎる。

「……まさか」

 アイツら、まさか――!!
 改めてその場所を確認する。間違いない、私が座っていた位置の丁度背後あたりである。ライもバーボンも、絶対分かっていたのだ! 気づかなかった自分自身にも溜息が零れてしまう。

 それでも怒りきれなかったのは、恐らく私のカードが見えていたはずのスコッチが、あまりにすんなりとジョーカーを引いた所為だ。まさか気が付かなかった――いやいや。最初に彼が「女の子なんだし」と言っていたのは、どうやら嘘ではなかったらしい。あのニコニコした笑顔は、ほんの一片だけでも取り繕ったものではないのかもしれない。鏡を回収しながら、私は小さく息を零した。