04

君が夏を連れてきた
「ひなっ! 昨日はなんで置いてったの!」
「置いてったわけじゃなくて、送り出したんだよ〜」
「あんな、二人でっ……! 話せるワケないのに〜……」

 もじもじと頬を押さえてはいるものの、表情はまるきり恋する乙女である。まあ、別に浮気を促したわけでもなし。彼女持ちだろうと、想い人に少し優しくしてもらうくらい良いんじゃないだろうか。
「で、どうだった? 萩原くん。やっぱり格好良かった?」
「そりゃ、まー……。格好いいよ、家まで送ってくれたし、連絡先も知れたし……」
「お〜!! やるじゃん!」
 きゃっきゃっと二人、教室の隅ではしゃいでいると、クラスメイトが私を呼んだ。反射的にそちらを振り返ると、入口で萩原が此方を手招いている。彼が私を呼んでほしいと、恐らくクラスメイトに頼んだのだろう。
 私はイヤイヤと首を振るばかりの友人の手首を掴み、引きずりながら彼の方へと向かった。昨日見掛けた彼も、やっぱり廊下に立っているとただの一学生なのだと実感する。背丈も体格も大きいし、ずいぶん落ち着いたように見えたから。
 夜道を歩いていると、大学生かそこらには間違われても可笑しくないだろう。同級生と並んでいても、頭が一つとびぬけていた。

「おはよ、昨日は大丈夫だった?」

 湿気が気になるのか長い髪をぐっと耳に掛けながら、彼はにこやかに尋ねた。私が頷くと、満足げに頷かれる。どうやら、本当にそれだけが心残りだったらしい。萩原はすぐに「なら良かった」と肩の力を抜いた。

「そういえば、ありがとう。エーット……あの、何くん? ほら、天パの」
「あ、陣平ちゃんね〜。アイツ何も言わないからさ。良かった、ちゃんと送っていったみたいで」
「アハハ……。陣平、くん? っていうんだ。そういえば、名前聞いてなかったから」
「まあ、あんまり合同授業も被らないから知らないか。俺のこと知ってたほうが意外だけど?」

 ――それはまあ、貴方は有名人だし友人の想い人でもあるので。
 言わなかったけれど、心の中で苦笑を零した。そうか、陣平――彼の態度に沿わず、なんだか古風な名前である。もっと今時な名前なのかと思った。私はそれが可笑しくて、こっそり口端を持ち上げてしまった。それを見ていたらしい萩原が、私を気遣うように「呼ぼうか」と首を傾いだ。

「ううん。同じ学校だし、そのうち会えるでしょ。ありがとうね」
「それもそうか……。今日は帰り雨が降るっていってたから、あんまり遅くならないうちに帰りなよ」
「オッケー。またね」
「はいよぉ、木原さんもバイバイ」

 彼は大きな手のひらをひらりと躱して、自分のクラスへと戻っていった。ちょうど、予鈴が鳴ったタイミングで、私と友人も自分の席へと戻っていく。確か、クラスは隣々の部屋だったか。都会なだけあって、それなりに生徒数の多い高校だったから、同じ学年でも顔を知らない人はたくさんいる。その中でも萩原はよく目立つほうだったが、陣平という青年のことはあまり知らなかった。試しに友人に尋ねてみると、「萩原くんと仲が良いから知っている」とのことで、やっぱりあまり顔が知れているというわけでもないのだろう。

「……結構格好いいと思ったけどなあ」

 頬杖をつきながら呟いたら、萩原のことだと勘違いされて顔を青くした友人については、また別の話だ。

◆ 

 友人が委員会の仕事を済ませている間、私は手洗いを済ませると携帯を開いた。どうしたものか、いつもなら彼女が終わるまで待っているけれど、萩原の言っていた通りもうすぐ雨が降りそうだ。空模様は次第に暗く、重たくなっていく。今日は傘を持ってくるのを忘れてしまったので、友人に断って先に帰ろうかと迷っていた。
 それでも殆ど毎日一緒に下校をしていたので――急にそのルーティーンを壊すことにも、少し怖気づいていたというか。悩みながら天気予報を開いて、もう一度メールの画面を開きなおす。

 メールで彼女に尋ねれば、もう少し時間がかかりそうだと返ってきた。自分は親が迎えに来てくれるから、先に帰ってくれと言われて、足早に荷物を取りに向かった。


「……あれ?」

 まただ。いつもの席に、こんもりと学ランを羽織った影がある。あれから昼間にも確認をしたけれど、そこにいた男子生徒とはシルエットが異なる。確か柔道部だとかで、ずいぶんガッシリした青年の席だったはずだ。寝ているシルエットは、お世辞にも筋肉質とは言えず、どちらかといえばソコソコ細身のように窺えた。

 足音を潜めて近寄ってみる。傍に寄ると、制汗剤の匂いがした。少しキツめの、ツンとした香り。今の時間転寝をしているということは部活動ではないだろうから、きっと今日体育の授業があったのだろうと思った。
 ――なんて、これ、ちょっと変態っぽい?
 人の匂いで推理するなんて、知られたらドン引きものである。誤魔化すようにスン、と鼻を鳴らした。私はどうしようか迷ってから、今日も鞄からお菓子を一袋取り出した。今日は個包装されたチョコレート菓子だ。裏面にメッセージを書く欄がある。

【風邪ひかないでね】

 いつも寝こけてしまう青年に、ちょっとした一言を添えて、突っ伏した机の傍らに乗せておいた。このお菓子、彼が起きたら食べているんだろうか。それとも捨てられているのか――はたまた、まったく違う誰かが持っていくのか。翌日になると机の上にあったことはないので、きっと誰かが手にしているのだろうとは思うのだが。

 空が唸った。ああ、あまり遅くなると友人が気を遣ってくれた意味がなくなってしまう。まだグウ、と鼻を鳴らした青年を横目に、私は鞄を背負い直す。傘を持っていると良いのだけど、そんなことを思いながら教室を後にした。




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Shhh...