「こんにちはあなたの日々樹渉です!!」
「あぁもううるさい! 何しに来たの? 空気読めないの!?」

枕元にあったティッシュ箱を、突然の来訪者に投げつける。が、やはり見事にキャッチされてしまった。

季節の変わり目に風邪をひいて寝込む私を訪れたのは、幼馴染のうるさい男だ。ママは渉のことを可愛がっているから、私の許可も得ず、こうして勝手に渉を家に上がらせたりする。

「今回ばかりは読んでいますよ、空気! 身体が熱くてつらいのでしょう? お義母様はこれからお仕事のようですし、私が楽にしてさしあげましょう……☆」
「渉が言うとなんかやらしい」
「そうですか? やらしい意味でも私は構いませんよ!」
「度胸も性欲もないくせによく言う」

口では悪態をつきつつ、渉が来てくれたことに多少安堵していた。こじらせたらしく熱はかなり高いし、ママもいない一人ぼっちの状態では何も出来ないだろうと思っていたからだ。その点、渉が一人いれば百人力だ。渉はなんでもできるから。

渉は、大きな手を私の額に当てる。手はひんやり冷たくて気持ちがいい。少し真剣な表情は、癪だけど格好いいと思う。世の女の子たちがこいつに何万も注ぎ込むのも何となくわかる。

「38.3度ですね。相当苦しいでしょう」
「うん、渉が格好良く見えるから、相当」
「なるほど、元気そうで何よりです! 冗談はさておき、食欲はありますか? 水分補給もですが、栄養も取っておかないと」

渉はそう言って、ガサガサとコンビニ袋の中を漁った。ポカリだのプリンだのゼリーだのを出されるけど、見れば見るほどお腹が気持ち悪くなって吐きそうだ。今は何も食べたくないし飲みたくない。

「無理、吐きそう」
「そうですか……ではこうしましょう、」

渉はわざとらしく残念そうな顔をしてから、いきなりポカリを開けてごくごくと飲み始めた。お前が飲むんかい、と謎の関西弁でツッコミを入れそうになるが、私が何か反応する前に渉がキスをしてきた。

唇を器用に合わせて、そのまま口を開かされ口移しでポカリを飲まされる。あまりの出来事に吐き気も忘れてごくごくと飲んでしまった。

「……飲めましたね!」
「…………馬鹿じゃないの……?」
「吐き気も忘れて飲めたでしょう? もう一杯いきます?」
「ばーか」

何故か、泣きそうなくらい胸が苦しくなった。ふい、と顔を背けると、渉は子どもみたいに私の顔を覗き込んでくる。

「真っ赤ですね」
「38度もあればね」
「それだけですか?」
「……弱ってるときに言いよるのやめてよ、意気地無し」

ぐんぐん距離を詰めて、渉は私のベッドに上がってくる。私を見下ろす綺麗な顔の、すべすべの両頬を指で抓ってやった。渉はニコニコ笑ったまま私を見つめている。

「獲物をいつ仕留めるかは重要なことですよ。計算高いと仰ってください」
「看病してくれると思ってたのに、捕食しにきたわけ?」
「もちろん看病もしますよ、というか流石に高熱を出している病人に無理はさせません」
「じゃあなんでキスしたの」

抓っていた頬を両手で挟んで、無理やり視線を合わせる。渉の長い髪がさらりと私の顔にかかった。渉は顔色ひとつ変えず、じっと私を見つめ返している。

「……渉、ちゃんと言葉にしてよ」
「…………貴女が嫌がるかと思って、濁していたんですが」
「嫌ならキスされた時点で引っぱたいてるし、そもそもこんなに辛いときに部屋に来られたら殴ってる」
「貴女のそういうところ、かなり好感が持てます!」

ぺらぺら口がよく回るくせに、その実、中身はいつでも心の上澄みしか篭ってない。意気地がないから、優しいから、馬鹿だから、渉は大事なことは言わない。

私だって別にそれでも良いって思っていたけれど、でも今は、何となくそれが寂しくて仕方なかったのだ。

「……ね、言ってよ。渉」

私がそう言って目を細めると、そのまま手首を掴まれ、優しくキスをされた。まだ、ポカリの味がする。

「好きですよ。……早く良くなってください、もっとちゃんと貴女に触れたいので」
「ふふ、やっぱりやらしい」
「やらしいですよ、そういうお年頃ですから」
「……しっかり看病してね」

彼の髪に触れてそう言うと、彼はにっこり笑って私の額にキスをしてきた。魔法みたいに、ひやりと冷たい感触が額にはりつく。どうやら冷えピタを貼ってくれたらしい。

「…………私も……ずっと好き、だったよ……渉が言わないから黙ってたけど……」

うとうとと、段々瞼が重くなってくる。傍に渉がいると思うと、安心して気が緩んでしまう。身体は熱くて痛くて苦しいのに、不思議と辛くはなかった。

「ふふ、風邪、うつっちゃった……?」

そう言ったきり、ぷつんと糸が切れたみたいに眠ってしまった。最後に見た渉の顔は、珍しく隠しきれないほど真っ赤に染まっていた。



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