※オメガバースです



「運命って信じる?」

彼の声は、軽やかな音で重く私の心を突き刺す。果して彼は、所謂一般的にロマンチックなものとして捉えられるそれについて話しているか。或いは、「運命の番」と呼ばれる、私たちの第二の性に関することを言っているのか。

どちらにせよ、自分の性を悟られてはならない。圧倒的弱者のΩである私が、目の前のαに性を悟られるなど、あってはならないのだ。

「運命?信じません、そんなの。欲しいものは自分で手に入れます。……もしそんなものがあるとすれば、きっと生きることが虚しくなってしまいますね」

私が飄々とそう答えると、彼は眉を寄せて少し頬を膨らませる。拗ねた幼子のような愛らしい表情でも、油断はできない。

「もう、今ぼくはそんなことを言ってるんじゃないね!……怖いのはわかるけど、ちゃんと素直に答えてほしいね。なまえちゃんはぼくのこと、どう思ってるの?」

彼の真剣な顔に、咄嗟に逃げようとする。が、手首を掴まれ壁に押し付けられてしまった。ずい、と距離を詰めて、彼が私の顔を覗き込む。

「そんなに怯えないで欲しいね。今までだって、きみのこと考えてずっと我慢してたんだから、今更いきなり襲ったりしないね!」
「……いつから気付いてたんですか」
「ぼくは、初めて会った時からずっと、きみが運命の人ってわかってたね!……きみは?ぼくのこと、怖いだけ?」

答えて、と甘い声が脳に響く。途端、身体の総てが自分のものではないような、熱いじれったさに支配されたような感覚に陥る。

本当はわかっていた。抑制剤を飲んでいても、日和さんの前でだけは気を乱しそうになる。ヒートでないときでさえ、彼の前では頭がぼうっとする。けれどわからなかったのは、身体ではなくて、自分の心だった。

彼は真夏の太陽のように明るく眩く、いつも楽しげで、優しく聡明だ。その菫色の瞳に射抜かれるたび心臓は締め付けられるけれど、それはただ、私の身体が浅ましく彼を──否、αを求めているだけではないのか。

唇を噛んで、なんとか思考を巡らせようと彼から顔を背ける。彼は私の頬に手を添え、無理やり視線を合わせた。そして触れるだけのキスをして、切なげに顔をゆがめる。

「……ぼくのこと、嫌いなの?」
「嫌いじゃない!」

考えるより先に言葉が声になった。一度声を出してしまうと、堰を切ったように言葉が溢れ出した。思考のふるいにもかけられなかった無様な本心が、彼に向けて吐き出される。

「日和さんのこと、ちゃんと考えたいんです……。Ωだからαだからじゃなくて、ちゃんと、心から貴方が好きだって確信したい……っ、なのに、貴方がそばにいるだけでこんなに苦しくて、切なくて、わたしもうどうしたら良いのか、」
「なまえちゃん」

もう黙って、と彼が静かにそう告げて、私の唇を奪う。今度は触れるだけの優しいものではなく、獣が噛み付くような深いものだった。舌が絡み、吐息が混じると、涙が出るほど幸せを感じた。

「……ぼくはね、なまえちゃん。Ωだってことも、意地っ張りで鈍感なところも含めて、ありのままのきみが好きだよ。でもいい加減、そろそろぼくが好きだって、言葉にしてほしいね」
「日和さん……」
「……なぁに、なまえちゃん」
「すき、……好きです。私、貴方のこと……」

私が泣きながら言葉にすると、彼は笑って私を抱き締めてくれた。全身で彼を感じているこの瞬間は、今までに経験したこともないほど満たされていた。

認めてしまえば、もう彼が欲しくなるばかりだった。さっきまで悩んでいたことが途端に馬鹿らしく思えてくる。

「うんうん、ちゃんと言えて偉いね!ぼくも大好きだね!」

温かな声音に身体の力が抜ける。好きだ。私は、このひとがどうしようもないくらい好きなんだ。今までどうしてそれを認めなかったのか不思議なくらい、今は、彼が愛おしい。

あぁこれが運命とかいうものなのか、なるほど逆らえないわけだ……なんて笑いながら、彼の背中に手を回し、強く彼を抱き返した。