怖い人。真意の読めない人。いつも静かに微笑んでいる人。私にとって伏見弓弦という人物はそういう人だ。

茨くんが、スタプロに行く時は口酸っぱく彼には十分注意しろと言ってくるので、あまり話したことがないのに私は彼がとても怖い。だってあの茨くんがあんなに注意するくらいだもん。きっと普通の人ではない。

「どうぞ、粗茶ですが」
「ど、どうも……ありがとうございます」

目の前に置かれた紅茶の紅色を見て、ごくりと生唾を飲んだ。

実は先ほど、スタプロ事務所内で少し面倒なことがあった。というのも、変に立場がある年配の方に変な言い寄られ方をされてしまっていたのだ。どうあしらうべきか困っていると、伏見さんが現れて、茨くんが呼んでいるとかなんとかと嘘を言って助けてくれたのだ。

そして、思いのほか怖かったらしく震えていた私を見て、お茶でもどうですかと声をかけてくださった……というわけだ。正直、彼のどこが茨くんの脅威なのかがちっともわからない。

「本当に、事務所の人間が申し訳ございませんでした。英智さまに言伝しておきますので……」
「い、いえいえ。よくあることですから……大丈夫ですよ。私もちゃんと慣れないと」
「……茨にはそう指導されておられるのですか?」

突然彼の口から出てきた茨くんに、少し身を強ばらせる。仲悪いのかな、と思いつつも、へらりと笑ってみせた。

「はい、一人でもちゃんとあしらえるようになった方がいいって。そういうことがちゃんとできるようになったら、武器にもなりますし」
「……そうですか。茨には……虐められたりしておりませんか? あれは中々性格が歪んでしまっているので、貴女のような穏やかなひとがあれのそばにいるのは些か心配です」
「あはは、歪んで……るかもしれませんけど、良くしてくれますよ。でも伏見さんも、茨くんから聞いていたよりずっと優しくて良い人で、安心しました」

ひとくち、温かい紅茶を飲む。じんわりと身体がぬくくなる。伏見さんはやっぱり真意の読めない柔和な微笑みを浮かべていた。

「それは光栄でございます。もしよろしければ、弓弦、とお呼びくださいまし。名字で呼ばれることはあまりありませんし、坊っちゃまや英智さまと違って良い身分の者ではありませんから」
「……そう、ですか? じゃあ……弓弦さん」
「はい。なんでございましょう、なまえさま」
「ふふ、少し照れますね。……紅茶、とっても美味しいです。えっと……」

また飲みたい、というのも少し欲張りなようで気が引ける。なんと言おうかと迷っていると、弓弦さんはくすりと上品に笑った。

「えぇ、ぜひいらしてください。次はお茶菓子も用意致しますね」
「わあ、ほんとですか? 嬉しい……ごめんなさい、今日は色々していただいてばかりで。また来るときには何かお礼を持ってきますね」
「ふふ。それは楽しみでございます」

なあんだ、ちっとも怖くないじゃないか。茨くんったらどうしてこんな紳士に注意しろだなんて言っていたのだろう。要注意人物どころか、むしろとっても好印象だ。

「……またお困りの際には、お呼びつけくださいまし。僭越ながら茨よりは頼りになるかと」

彼はそう言って、電話番号を書いた小さな紙切れを渡してきた。その真意がやっぱり読めなくて、勝手に赤面してしまう。すると彼はまたくすくすと笑った。

「茨には内緒ですよ」
「は、はい……」

――結局そのあと、ふらふらとコズプロに戻り、異変を察知した茨くんに紙切れを発見されビリビリに破かれてしまった。でもまた、お菓子でも買って会いに行こう……なんて浮ついたことを思ってしまっていた。茨くんには、今度こそ内緒で。