「もう、ほんっとうにできない子だね。悪い子!」

些細なことだった。でもぼくがそうやって言うと、彼女の瞳は不安に揺れて、まっすぐにぼくを映した。いつもあまり目を合わせないくせに、このときだけは珍しくぼくの目を正面から見つめていた。

「ごめんなさい、」

彼女の硝子細工のような細い声は、今にも壊れてしまいそうなほど弱々しく揺れていた。ハッと口を抑えると同時に、ぼくは自分の中にあるざわめきを確かに自覚していた。

「……泣けば許されると思ってるの?」

俯きかけた彼女の顔を手ですくいあげ、濡れた瞳を間近で見つめた。

「ごめ、んなさ……」

一瞬、堪えるように眉を寄せて、柔らかなくちびるをキュッと噛み締める。けれどすぐに真珠のような涙が白い頬を伝ってぼくの手に触れた。

紳士として恥ずべきことだけれど、このときぼくは名状しがたい快感のようなものを感じていた。別に本気で彼女のことを侮辱したいわけでも、叱責したいわけでもない。ただ、彼女の心に素手で触れているような心地がして、胸が高揚していた。

「ごめんなさい、許して……私、もっと頑張るから……もう失敗しないから、お願い……」

どうしてここまで彼女が弱々しく縋り付くのか、詳しい背景はまだ知らない。それでも、彼女にとってぼくという人間はきっと失望されたくない相手、いや、見捨てられたくない相手なんだろうということはわかる。

優しくその頬を撫でて、親指の腹で濡れた目元をなぞる。彼女は依然不安げに、ぽろぽろと涙を零していた。

「……きみは本当に何にもできない子だね。でもぼくは優しいからね、ちゃんと傍に置いていてあげるね」

両頬を両手で包み込み、丸い瞳を覗き込む。彼女の瞳にはぼくしかいない。彼女は少し安心したように微笑んで頷いた。

これが普通の愛し方でないことは理解できていた。それでも、彼女にはぼくしかいないと思うことの甘美さに理性は勝てなかった。いっそ本当にきみが何にもできない子だったら、ずっとベッドに繋いで愛してあげられたのに。