コツ、コツ、と同じペースで鳴っていたヒールの音が、何の前触れもなく途切れた。そのまま着いてこないから振り向いて確認すると、彼女は馬鹿みたいに口を開けて空を見上げていた。

「泉くん、見て、月」
「ハァ?」

彼女の指さすほうを見上げれば、青空に透き通った半月が浮かんでいる。それだけ? と彼女のほうに視線を移すと、彼女はまだ口を開けたまま空に浮かぶ月を見つめていた。

「お昼に月が見えると、こう、すごくラッキーな感じがするね」
「仮にも女の子のくせに、馬鹿みたいに口開けないでよねぇ?」

立ち止まったままの彼女に近づいて、その視界を奪う。俺とのデートなのに、空に浮かんだ月なんかに目を奪われるなんて許せない。むしゃくしゃする。

 彼女は俺だけをその透き通った瞳に映すと、にこ、とこれもまた馬鹿みたいに笑った。お姫様っていうにはあんまり品がない、道端に咲いた野花みたいなあどけない笑顔だった。

「泉くんの目、空みたい。綺麗だね」
「当たり前。月より俺のほうがずっと綺麗でしょ」
「ふふ、うん。泉くんが一番綺麗で、大好き」
「……余所見してないでよね」

小さく華奢な手を取って、また隣同士、歩きだす。

 隣を歩く彼女を横目で見れば、馬鹿みたいに幸せそうな顔で俺だけを見つめていた。その目に映る俺が馬鹿みたいだったかどうかは、確かめなかったけれど。