訳もわからず、ただ、泣いていた。零れる涙が周りの景色を映しながら、形を変えて落ちていく。どうして泣いているのかはわからない。何かがどうしようもなく悲しくて、苦しくて、声も出せないまま泣いていた。傍には誰もいなかった。





「おーい……おぅい、こんなところで寝ておると風邪を……っと、おはよう。珍しいのう、お昼寝かえ?」

 ハッ、と目を覚ますと、目の前には穏やかな眼差しで私を見下ろす零がいた。少し乱れる呼吸と動悸を抑えつつ、体は起こさないまま辺りを見回す。

 時刻は夕方五時頃。お昼ご飯を食べて、ソファに寝そべったところまでは覚えている。どうやらぐっすり昼寝をしてしまったらしい。風邪のときみたいなだるくて重い体に、ズキズキと痛む頭。顔を顰めながら、毒気を抜くようにため息をついた。

「おかえり……ごめん、寝てたみたい……」
「うむ、ただいま。顔色が悪いのう。悪い夢でも見たのかや?」

零はそう言いながら私の頭を優しく撫でる。そういえば膝枕をしてくれているけれど、どうしてそれで目を覚まさなかったのだろう。それほど深く眠っていたのだろうか。

「……うん、なんか、変な夢。理由はわからないんだけど、ひとりでずっと泣いてる夢」
「ほう。ひとりで」
「うん……何が理由かわからないから変な感じなんだけど、すごく悲しくて、つらくて、苦しくて……なんだったんだろうね」

頭を撫でる彼の手を取って、自分の頬に添わせた。

「悪い夢じゃなぁ」
「……そうだね」

零は、親指で私のくちびるをなぞる。

「起きて、零がいて、ホッとした」
「うん、お主の涙を拭うために走って帰ってきたのじゃよ……なんちゃって……フフ」
「もう、照れるなら言わないでよ」

私がくすくす笑って彼の顔を見ると、彼も少し笑って、それから腰を曲げてキスを落としてきた。

「大丈夫、我輩がいないなら、それはただの夢じゃよ。お主が泣いているときは必ずこうして傍にいるからの」
「……うん、ありがと」

悪い夢が消えていく。詳細なんてもう思い出せないほど、幸福な現実に塗り替えられていく。これじゃ吸血鬼というよりもバクだ。私だけのやさしくてあたたかい夢喰いバク。こうして幸福な目覚めを迎えられるのなら、どんな悪夢だってもう恐れることはないのだろう。