『ごめん、今日やっぱり会えない』

震える手で何とかメッセージを送ったきり、記憶がない。気圧のせいだろうか、今日はありえないほど頭が痛むうえに身体も重く、吐き気もある。楽しみにしていた久しぶりのデートだったのに、結局ドタキャンせざるをえなかった。





 ガチャ、と扉を開ける音がして、目が覚めた。ぼんやりした意識のままで薄目を開けると、息を切らした凛月がベッドに駆け寄ってきた。

「……良かった、生きてた」
「凛月……?」
「意味わかんないメッセージだけ来て、それっきり既読もつかないし電話にも出ないから、何かあったのかと思った」

はあ、と溜め息をついて、凛月はベッドの縁に腰掛けた。ベッドサイドのスマホを取って画面を見返すと、送ったはずの文面は誤字だらけで確かに意味がわからない。それに何通も凛月からメッセージがきていたのにちっとも気がつかなかった。

「ごめん……」
「ううん、頭痛いんでしょ? 今日、急に気圧下がったもんね。薬は飲んだ?」
「ううん、なんにも……起きれなくて」

私が小さく首を横に振ると、凛月は立ち上がって水と薬を持ってきてくれた。

「……いいよ、無理に起きなくって」

薬を飲むために上半身を起こそうとするけれど、やさしくベッドに戻される。凛月は薬と水を口に含むと、そのままキスをして器用に口移しをしてきた。戸惑いつつもごくんと飲みこんだ私を見て、凛月は満足そうに微笑む。

「これ、一回やってみたかったんだよね。風邪のときだとうつっちゃうからできないけど、今ならいくらでもできる……♪」
「…………凛月、怒ってないの……?」

恐る恐る、か細い気弱な声でそう訊ねる。すると凛月は微笑みを浮かべたまま、私の手を取りぎゅっと握ってくれた。じんわりと冷えた指先が人肌に温められていく。

「俺も今日はのんびりしたかったし、たまにはこうやってお世話するのも楽しいから、体調良くないときくらい安心して俺を頼ってよ。……そんなことで怒ったりしないから」

穏やかな声がそっと鼓膜に溶ける。その言葉や温度があんまりやさしくて、胸がいっぱいになってしまう。そうやって抱えきれなくなった安堵や幸福が、ぼろぼろと涙になってあふれてきた。

「よしよし、いい子いい子。薬が効くまで寝てていいよ、ちゃんと傍にいるから」
「ごめんね、ありがと……」

凛月は温かい手で私の頭を撫で、そのまま瞼を閉じさせる。やがて手が離れると、額に柔らかな感触がした。

「おやすみ、お姫さま」

すぐそばで囁き声がしたけれど、目を開けることはできず、そのまま安心して眠りについてしまった。

頭は痛いし体は重いし吐き気もまだ残っているけれど、傍に凛月がいるだけで、なぜだかもう苦しくない。それがどうしてかなんて、もう今更考えるまでもないだろう。