その日、地球はすべて海に沈んでしまった。あたり一面が透明な海水で満たされ、太陽の光はゆらゆらと水面に反射している。私は海の底に沈んでいくのに、なぜだか苦しくはなくて、もっと早くにこうなっていれば良かったんだと笑った。

少しずつ肌の輪郭が曖昧に溶けだしていく。隣を見ると、幸せそうに微笑む奏汰くんと目が合った。






 「……っ、」

どくん、と心臓が一際強く脈打って目を覚ます。見慣れない白い天井に、柔らかな肌触りのベッド、そして隣には、夢の中と同じように私の手を握っている奏汰くんがいた。断っておくが、彼とはただの友人だ。どうしてあんな夢を見たのかも、どうして同じベッドで寝ているのかもわからないけれど。

 ここは確か、奏汰くんの住んでいるアパートだ。汗ばむ額に手を当てて、微かに朝日の差し込む部屋をぐるりと見回した。昨晩のことはいまいち思い出せない。深酒でもしてしまったのだろうか。いくら考えてもわからないことだらけだ。頭がズキズキと鋭く痛む。

「……奏汰くん。奏汰くん」

薄い肩を揺らして声をかけると、奏汰くんは少し眠たげな声を上げてから、ゆっくりと瞼を上げた。海のような青色と目が合う。

「あぁ……おはようございます〜……おからだは『だいじょうぶ』ですか?」

奏汰くんはいつも通りの緩慢な口調でそんなことを尋ねてきた。もしかして昨晩は……と一瞬不安になったけど、頭が痛いこと以外、特に身体に異常はない。お互い服も着ている。

「うん……ちょっと頭痛はあるけど大丈夫。ここ奏汰くんのお家だよね? ごめんなさい、私、昨日のことちっとも思い出せなくて……どうして私が奏汰くんの家にいるの?」
「う〜ん……はなせば『ながく』なりますが……」

むにゃむにゃと眠たげなまま、奏汰くんは目を擦り昨日あったことを大まかに説明してくれた。

 曰く、昨日奏汰くんとご飯に行ったとき、私がかなりお酒を飲んで酔いつぶれてしまったらしい。家まで送ろうとしたけれど住所もわからず、そのまま奏汰くんの家に連れ帰ってくれたそうだ。

「そ……そうだったんだ、ごめんなさい、迷惑かけちゃって」
「うふふ。『だいじょうぶ』ですよ〜」

なんとなく、握られたままの手を離さずにいた。奏汰くんは貝殻みたいに白くて綺麗な肌をしていて、その細い髪の一本一本は陽射しの揺らめく水面みたいに透き通った水色をしている。ふと、さっき見た夢が思い出された。

「……なんだか、変な夢を見ちゃった」
「『ゆめ』?」
「うん……地球が全部海に沈んじゃう夢。息が出来なくて苦しいはずなのに、ちっとも苦しくなくって……すごく綺麗な夢だったな」
「それはすてきな『ゆめ』ですね。そうなってくれたら、ずうっとぷかぷかしていられます」

奏汰くんが夢に出てきたのは、彼と海とが強く結びついているからだろうか。確かに奏汰くんといえば海、魚、水……というイメージがある。

「夢の中に奏汰くんもいたよ」
「ほんとうですか? うれしいです……♪」

ぎゅ、と重ねていた手を握り直す。少し不思議そうな奏汰くんと目が合う。

「私、奏汰くんと一緒に海に沈んじゃいたいって、思ってたのかな」
「……『しずむ』んですか?」
「うん」
「う〜ん……それも『みりょくてき』ですけど、ぼくはいっしょにぷかぷかしたいです。しずんでしまったら、しんでしまって『おしまい』になってしまうので……」

奏汰くんはそう言って、優しく私の手を握り返してくれた。柔らかくあたたかな彼の体温が、じんわりと手のひらを温める。

「いっしょ、でいいの?」
「はい。ふたりでぷかぷかしましょう」

彼がどのくらい本気なのかも、何か思うところがあって「一緒に」と言ってくれているのかも、私にはわからない。それでも握り返してくれた手が嬉しくて、つい、涙を流しながら笑ってしまった。

「うふふ、ちいさい『うみ』ですね」

奏汰くんはそっと指先で私の涙をすくって、微笑んでくれた。

 きっと、私はまだ夢の中にいるんだ。だって受け止めきれなくて溢れてしまうほど、こんなに幸せなんだから。