「……ですから、何度も言っているでしょう。ここはキスシーンを入れないと場が締まりません!」

珍部室のドアを開けると、部長が珍しく真剣な顔で声を荒らげていた。流石の音圧だな、と思いながら部長と対峙しているなまえを見ると、目に涙を溜めて今にも泣きそうな顔をしている。驚いて間に割って入ると、部長は一瞬忌々しげな顔をした。

「おや、北斗くん、こんにちは。すみませんね、少し揉めてしまっていて」
「俺ではなく、なまえに謝るべきだ。部長は体も大きいし声もでかい、なまえからすれば怖いだろう」

「……そうですね、すみません、声を荒らげて。わかりました、貴女がどうしても認めないなら貴女の台本は使いません」
「な……っ、まって!」

俺の後ろから飛び出したなまえが、部長の手首を掴む。いったい何に揉めているのか知らないが、部長がここまで苛立ちを露わにするのも珍しい。

「なんです?私は譲りませんよ。半端なものを演じるのは御免です」
「……なまえ、部長、少し落ち着け。二人とも頭に血が上っているんだろう。……というか、何をそんなに揉めているんだ?今度の公演の話なら、俺にも聞かせてほしい」

部長は溜め息をつき、なまえは恐る恐る部長の手を離した。どうもやりにくいな、と若干の居心地の悪さを感じながらも、部長が差し出した台本を見る。

開かれているのは、クライマックスとも言える、主人公から想い人へ告白をするシーンだった。今回は特別に、主人公を部長が、その想い人となる少女の役をなまえがやることになっていた。

脚本はいつも通りなまえに任されたが、確か、ラブロマンスものは初めてで……と少し不安がっていたはずだ。

「うむ、やはりなまえの言葉選びは素敵だな。告白の台詞も詩的で情熱的だ。この台本で何か問題が?」
「まだ恋も知らない貴方たちには、ひょっとするとわからないのかもしれませんね。こんなにも熱い想いを秘めた主人公の男が、ようやく念願叶って想い人と結ばれることになる──それなのにキスのひとつもしないなんて、拍子抜けですよ」
「……なるほど、確かにそうかもしれない。ならキスシーンを入れて幕を引く形にすれば良いのでは?」

ちら、となまえのほうを見ると、ばつの悪そうな顔で少しだけ俯く。どうしても嫌ということだろうか。

「なまえはどう思う?……入れたくないなら、理由が聞きたい。部長に聞かれたくないなら、俺が聞こう」
「……確かに、キスシーンを入れたほうがいいのはわかってます。わかってるけど……それを演じろってことでしょ?私、そんな……出来ません、日々樹先輩とキスなんて……」

「何故出来ないんです?そんなに私が嫌いですか?……あんなに先輩先輩と私を慕っているようなふりをしておいて、今更、演技でもキスをするのは屈辱だと?」
「部長、落ち着け」

俺の静止も振り払って、部長はなまえに掴みかかる。そのまま、腰を折って彼女の唇に噛み付いた。あ、と声を出すことすら叶わない。目を疑うとはまさにこのことだ。俺が唖然としていると、唇を奪われたなまえが、顔を真っ赤にして涙を零した。

「む、無理です、こんな……好きなひととのキスなんて、台詞全部忘れちゃう……」

彼女の言葉に、つい部長と顔を合わせて言葉を失った。部長は驚いた顔の後、すぐに頬を緩ませる。

「すまない、俺は邪魔のようだから、席を外そう。部長、くれぐれも大声を出さないように」

バタバタと部室を出て、友也に今日は部室に来ないよう連絡をした。




──北斗くんが珍しく空気を読んで、慌ただしく部室を出て行く。今ばかりは有難いようなそうでないような、微妙な気分だ。

「……ごめんなさい、頭真っ白になっちゃうんです……だから、私……」
「なまえさん」

顔を上げさせ、再び唇を重ねる。甘いリップクリームの香りがした。そのまま彼女をソファに押し倒し、何度も貪るようにキスをする。

「……なら、真っ白にならないよう、何度も練習しましょう?慣れてしまえば良いんですよ」
「日々樹先輩、」
「好きです。……私も貴女が好きですよ、だから拒まれた気がして、つい柄にもなく感情的になってしまいました。すみません」

額を合わせて静かにそう謝ると、彼女はふるふると首を横に振った。柔い手で私の頬を挟んで、まだ赤い顔のまま、私の瞳をジッと見つめる。

「私も、我儘を言ってしまってごめんなさい。……でも、こうしているだけで、心臓が破裂しそうなほど苦しいの……やっぱりきっと、何回やっても慣れっこないですよ」
「フフフ、それはやってみないとわかりませんよ。大丈夫、私もこの通り、心臓が飛び出そうです……☆」

彼女の右手を、そっと胸元に当てさせれば、自分の無様なほどに早い心音が伝わる。彼女がお揃いですねなんて可愛いことを言うものだから、その唇にまたキスを落とした。