「お邪魔するぞお」

合鍵でドアを開けて、彼女に聞こえるよう大きめの声を出す。ドアを閉めチェーンまでかけてから、靴を脱ぎ奥の部屋に入る。

真っ暗なワンルームの隅にあるベッドには、こんもりとちいさな膨らみが見えた。ベッドの縁に腰掛け、布団越しに彼女の背中であろう部分を軽く叩く。

「大丈夫かあ……?」
「ん……ママ、」
「うん、ママだぞお!」
「……」

彼女はもそもそと布団から顔を出すと、俺を見るなりぼろぼろと涙を零した。小さな手で俺の手に触れて、彼女は静かに泣きじゃくる。

「ママ〜……おなかいたい……もうやだ、」
「うんうん、よく頑張ってるなあ。お薬飲んで楽になろう」

コンビニ袋の中から、ガサガサと音を立てながら薬と水を取り出す。錠剤を取り出して彼女に手渡そうとしたが、彼女はふるふると首を横に振った。

「起きるのやだ、痛い……」
「ふむ。じゃあじっとしているんだぞお」

水を煽って錠剤を口に含み、溶けてしまわないうちに彼女の口に移す。恋人というより、これじゃあまるでペンギンの親子みたいだ。彼女はこくこくと素直に薬を飲み込むと、やはりまだ悲しそうな顔で俺をじっと見つめた。

「……子宮いらない……」
「う〜ん……ないと俺は後々困るんだけどなあ」
「こまる?」
「うん、困るぞお」

布団のなかに潜り込んで、彼女の下腹部に手を当てる。こんなに薄い腹のなかではちいさな臓器が必死に子どもをつくる準備をしているのだ。

「……止めてしまっても、いいんだけどなあ」
「ママ、ほんとにママになりたいの?」
「うん? う〜ん……そこはさすがにパパになるんじゃないかなあ?」
「でも私、ママのことずっとママって呼んじゃうかも……ふふ、おかしい」

くすくす笑いながら、彼女は俺に体を寄せる。ちょっと力を入れたら壊してしまいそうな、頼りない細い身体だった。うん、やっぱり駄目だ。こんなにか弱げな身体に無理はさせられない。

「妊娠したら、きっと今よりずっと苦しくて、痛くて、つらいだろうなあ。それに俺はなんにもしてやれないんだ」
「……でも、ママの子どもだったら私、きっと平気だよ」
「そうかなあ」
「うん。痛かったり苦しかったりしたら、こうやってぎゅってしてくれるんでしょ?」

彼女は少し眠たげにとろけた口調で、俺の胸もとに顔を埋める。

「そばにいてくれるだけで、痛いのも楽になるよ」

俺はなんにも言えなかった。

 なんにも言えないまま彼女を抱き締めていると、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。細い首も、柔らかな肌も、きっと俺が勝手に思っているよりはずっと逞しいんだろう。それでも俺は、万が一が恐ろしくてたまらないんだ。