かれこれ一時間。彼女が彼の上腕二頭筋を触り始めてからそのくらいの時間が経った。彼、鬼龍紅郎は初めこそ気にせず裁縫に熱中していたのだが、柔らかな手がずっと身体に触れているのがいい加減気になっていた。

「……なぁ、なまえ。それいつまでやってんだ?」

思いの外鋭い言い方になってしまった、と内心後悔するが、気にせず腕を触っている彼女を見てすぐに安堵する。

「う〜ん、紅郎くんがね、腕を動かすのに合わせて筋肉も動くの。なんか面白くってずっと触っちゃう」
「面白ぇのか、それ……?」
「うん。楽しいよ、自分にないからかな」
「ないこたァねぇだろ」

針を針山にさし、縫っていた布と一緒に遠ざけてから彼は彼女のほうを向き直った。そしてそのか細い枝のような腕を掴んで、力を入れるよう促す。

「んぐぐ」
「……おぉ、思ったよりねぇな……ちゃんと食ってんのか?」

ちっとも硬くならない彼女の二の腕に触れて彼は思わず笑う。彼女は不満げに唇を突き出して彼を睨みつけた。

「食ってるもん。女の子は良いんだよ、別になくっても」
「いや、それにしたってな。何かあったとき危ねぇだろ」
「何かって、例えば?」
「そりゃあ……」

彼は思いついたように彼女の薄い肩を押し、そのまま床に押さえつける。

「こんなふうに悪ぃ男に襲われたりするかもしれねぇぜ」
「そしたら紅郎くんが助けてくれるから良いの」

ニコニコと笑いながら彼女は彼の首に腕を絡める。敵わねぇな、と軽く笑って彼は彼女の額に優しくキスを落とす。

「ならもっと鍛えとかねぇとな」
「それ以上?」
「おう。お前の為にな……色々と」
「わ、なんかやらし〜い」
「今更か?」

押し倒されておいて、彼女はからかうようにクスクス笑う。期待を含んだ瞳で彼を見上げたけれど、彼は雑に頭を撫でたきり彼女の上から退いてしまった。

「紅郎くん、」
「流石に真昼間だからな」
「関係ある〜……?」
「今シたら晩飯抜いちまうだろ。それ以上細くなられたら抱けねぇ」

彼女は彼の宣言を聞いて、つまり夕ご飯の後に……と、思ったけれどわざわざ聞くことはしなかった。

「……いじわる」
「拗ねんなよ」
「拗ねてないです」

 これじゃおあずけをくらった飼い犬みたいだ。なんて少しもどかしさを感じつつも、彼女は体を起こして息を吐く。そうしてまた縫い物を再開した彼を見ても、もうその腕に触れようとはしなかった。