「お〜い、どこに隠れておるんじゃ」

遠くで声がする。私は古びたクローゼットの中でガタガタ震えながら、口を抑えて息を殺していた。

 ここにずっと籠っていてもきっといつか見つかってしまう。声の遠さから察するにまだ遠くにいるみたいだし、この隙にもう少し出口へ近いほうへ移動したほうが良いのかもしれない。恐る恐るクローゼットのドアを開けて辺りを見回す。……誰もいない。

 この命懸けのかくれんぼが始まった原因は、実は私にもわかっていない。起きたらこの不気味な洋館にいて、絵画から抜け出してきたような美しい男が私にこう言ったのだ。

「今からかくれんぼをして、我輩が勝ったら嬢ちゃんは我輩に血を飲ませ、嬢ちゃんが勝ったら我輩は嬢ちゃんを家に帰してやろうぞ。もし断るのであれば、今すぐ血をいただくことになるが……どうしようかのう?」

 口から覗く鋭い牙に、血のような紅い瞳。いわゆる吸血鬼のような見た目をした彼は、そう話してニヤリと笑った。断れるはずもなく、私はこうして必死に彼から隠れているというわけだ。

 足音を立てないように部屋を出て、階段を下りる。一階まで一気に下りたいところだけど、私が出口を目指すことは彼もわかっているはずだ。一旦二階の階段に近い部屋に隠れよう。

……と、入った部屋は大きな寝室だった。すると不意に、ぎし、ぎしと足音が近付いてきた。クローゼットもなく、ベッドの下にも入れるほどの隙間はない。慌ててベッドの中に潜り込むしかなかった。

 どくん、どくんと心臓の音が早くなる。

「やれやれ、中々見つからんのう」

すぐ近くで声がした。でも気付いてない。このまま他の部屋へ行ってくれたら何とかなる。淡い期待を抱いて震える体をなんとか抑えていると、ドアが閉まる音がした。

ホッと胸を撫で下ろしたその瞬間、被っていたシーツを捲りあげられる。

「見ぃつけた♪」
「っあ、」

 紅い瞳と目が合う。咄嗟に逃げ出そうとするけれど、呆気なく腕を掴まれベッドに引き戻された。

「ベッドに隠れるとは不用心じゃな。それとも遠回しなお誘いかの?」
「ひ、っいや、助けて……!」
「いかんいかん。勝ったご褒美をもらわんとな」

彼は無理やり私をベッドに押さえつけて、首筋にがぶりと噛み付いた。肌をつらぬく鋭い牙は叫びそうなほど痛いはずなのに、何故か体がぞわぞわと妙な感覚に襲われた。

ぢゅう、と彼が血を吸うと身体の力が抜けていく。心臓がびっくりするほど速いのは、恐怖のせいだけではなかった。

 やがて彼は私の首筋から口を離し、愉しげに笑って舌なめずりをした。

「うむ、美味じゃのう。運動の後のご褒美は最高じゃな」
「え……し、死んでない……? 私、なんで……」
「うん? あぁ、殺されると思っておったのかや? 流石に殺しはせぬよ、生かしておけばまた血をつくってくれるからの」
「待って、じゃあ家には……」
「勿論、嬢ちゃんは勝っておらぬから帰すわけにはいかぬのう」

 彼は愉快そうに目を細めて、私の少し汗ばんだ額に触れた。その手はゾッとするほど冷たく、人間のそれとはかけ離れたものだった。

紅い瞳に見つめられると体が強ばって上手く動かない。ああきっと、もう一生家には帰れないんだ。私が涙を零すのを見て、彼は益々愉しげに笑った。

「次もまた、じっくり遊ばせてもらおうかの」