「……もしかして、茨?」

学校からESまでの移動中、街中で聞き慣れない声に呼び止められた。私服に着替えて帽子とマスクをしているのに、まさかファンにバレたのだろうかと振り返って、思わず言葉を失った。

「やっぱり、茨だ。私のこと覚えてる?」

へらりと笑ったその間抜けな顔は、覚えているという言葉では足りないほど、自分の脳に深く刻み込まれていた。

「なまえ……?な、……なんでアンタが……」
「お化けでも見たような顔しないでよ」
「おば……、だってアンタは殺されたって、」

自分が軍事施設にいた頃、男に混じってひとり、自分と弓弦の下で訓練を受けていたのが彼女だ。でもある日、運悪く彼女だけが敵地の偵察に行くよう命じられて、そのまま殺されてしまった。

……と、弓弦に聞いた。死体は見ないほうが良いって言われて、俺はそれきり何も言えなかったし、何も出来なかったんだ。

俺と同い年で、体力こそ俺の方があったけど、格闘訓練では一度も勝てなかった。いつもへらへら笑っていて、同い年のくせに自分のほうが強いんだからお姉さんだとかふざけたことを言っていた。

あの頃よりずっと長く綺麗に伸びた髪が、さらりと風に吹かれる。身長は俺の方が高い。見上げられるような視線には違和感を覚える。昔は同じくらいだったのに。

「色々あって、家庭の事情で……親の元に連れ戻されることになったの。これまで軍事施設に居たことを知られないように、死んだことにしてもらったの。……ごめんね、ショックだった?」
「ショックだなんて、思い上がらないでほしいですね」

苦い顔でそう言うと、なまえは少し寂しそうに笑った。変な顔。あの頃は、本当に楽しそうな笑顔しかしていなかったのに。俺よりずっと細くなった手足を見て、つい溜め息をつく。

「…………アンタのせいで俺の人生めちゃくちゃだよ」

小さくそう零すと、彼女は驚いたように眉を上げた。茶色の瞳孔と視線を合わせる。ニコ、と作り笑いを浮かべて、努めて軽い声音で話を変えた。

「ともあれ、生きていて何よりです。時間があるなら、そこの公園で少し話でもしませんか?」
「うん、そうだね。ぜひ」