※夢主が報われないです。



 春風に揺られた真っ白な羽がふわりと目の前を飛んでいった。それだけだったのに、本当にそれだけだったのに、私の脳裏には一人の男がぼんやりと思い出されてしまった。



「ごめんね、こういうのもうやめようと思って」

 別れは突然だった。電話越しに聞こえた彼の声はいつもよりずっと真剣で、私は、これまでそんな真剣な声色を一度も聞いたことがなかったことに初めて気付いたのだ。

「え……と、それは」
「うん、俺、本気でアイドルやろうと思ってるんだよね。だから、ごめん。もう会えないんだ」
「……へぇ、そうなんだ。頑張ってね」

口が乾いて手は震えていたけれど、私は何とか平然を装って電話を切ることができた。震える手で、電話を切ってしまった。

 涙は案外出てこなかった。彼はただの遊び相手にすぎなくて、ちょっと顔がカッコよくて人気者だったからって、それだけの理由で遊んでいただけなんだから涙なんか出るはずないんだ。

「……ごめん、ってなに」

ぽつり、ひとりで言葉を零した。彼が真剣に言った「ごめん」は、今まで彼が私に発したどんな言葉よりも中身を持っていた。

羽みたいに軽い「好き」なんか全部忘れちゃうくらい、ずっしりと重みを持っていた。

 でも謝られる筋合いなんかない。恋人でもないのに「ごめん」だなんてまるで、私が彼を好きだったみたいじゃないか。そう思うと何となく腹の奥がムカムカした。

勘違いしないでよ、わかった気にならないでよって、今さら伝える機会すらもう残ってないのにくだらないことをぐるぐると考えてしまう。

 やっと涙が出てきたのは、その日の晩、ベッドに入ってからだった。



 結局、彼は無事に人気アイドルとなって、女遊びなんか全然しなくなっていた。テレビで見る彼はやっぱり知らない人みたいで、私にはちらりとも見せたことの無いような幸せそうな表情ばかりしている。

 恋人じゃないし友だちじゃない。ちょっと触れ合っただけの他人だ。きっと街ですれ違っても彼はもう気付かない。それなのに私は、私だけは、優しい風にふかれる羽を見るだけでも涙がじわりと溢れてくるのだ。

――こんなの、呪いと何が違うって言うんだ。