手に入るとか手に入らないとか、世界は案外そんなに簡単に出来てない。手に入ったと思ったらすり抜けて、諦めて下ろした手の中に見つかって、いつもそんなことの繰り返しだ。

 人間に関しては尚のことそうで、その気になれば全てを手に入れられるなんて評価はまったくもって的外れだ。テーブルを挟んで向かいに座る彼女を見て、俺はつくづくそう思う。

 彼女は綺麗に微笑みを浮かべて小首を傾げた。すらりと伸びる指先でナイフとフォークを持ったまま、俺を見つめる。店内には静かなピアノの演奏が流れていた。

「どうしたの?」
「……いや、あんまり綺麗だったので見とれておっただけじゃよ」
「お上手」
「本心じゃよ〜?」

くすくす笑う彼女の、その綺麗な仮面の下をチラとでも覗けた試しはない。人のことは言えないが、透明で厚いアクリル板越しに触れているような、そんな気分になる。

「ダメもとで誘ったんじゃけど、来てくれて良かったわい」
「うん、ちょうど予定が空いてたから」
「というと、空いてなかったら来てくれなかったんじゃな……」
「ふふ、どうだろうね」

 彼女の言葉は本心かもしれないし、嘘かもしれない。わからないから、理解したくて手を伸ばしてしまう。もっと知りたくて、仮面を剥ぎ取ってしまいたくて、その隙をうかがうように見つめてしまう。

「……あの、朔間さん」

不意に視線がかち合う。びくりと肩を跳ねさせてしまった。彼女は真っ直ぐな瞳で見つめるだけで、簡単に俺の薄い仮面を溶かしてしまう。

「そんなに緊張しないで。なんだか私まで緊張しちゃう」
「……き、緊張しておらぬよ、そんな」
「嘘ばっかり」
「そんなにわかりやすいかのう」

 カトラリーを一度置いて、ワインを流し込む。ピアノの旋律が遠くなる。目の前の彼女が笑う。

「緊張してます、って顔に書いてる」
「そりゃあ、だって……今日がダメじゃったら、次なんて……」

ふわついた頭が勝手に口を動かして声帯を震わせる。こんなこと言うつもりはなかったのに、と思うより先に情けない思いばかりが言葉になって出てきた。

「朔間さんが誘ってくれるなら、きっと次もあるよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。行けたら行くよ」
「それは来ないやつじゃな……」

 誤魔化すためにワインを飲んでグラスを開けては、ウェイターがグラスにワインを注ぐから、俺ばっかりがどんどん悪酔いしていく。

彼女は初めの一杯目をちびちび減らしながら、いつもとちっとも変わらない顔色で俺を見て笑っていた。

「心配しなくても、その気が全然ないのに誘いにのったりしないよ」
「……それは……」

 今日このあとまで期待しても良いのか、とは流石に聞けなかった。彼女を見つめてみてもやっぱり真意は読めそうもない。

テーブルの上に置かれた彼女の白い手に自分の手を重ねてみた。彼女の手はびっくりするほど冷たく思えたが、すぐに自分の手が熱いのだと気付いた。

「…………ま、またご飯に誘ってもよいかの……?」

 今夜空いてるかと聞こうとして怖気付く。彼女は俺の手に指を絡めて微笑む。

「ごめん、聞こえなかったからもう一回言ってみて?」
「えっ、あ……いや、その……こ、っこのあと空いておるかや?」

俺が思い切って言い直せば、彼女は満足そうに笑って頷いた。なんて女だ、本当に。

「うん、空いてるよ」

 さらりと呆気なく手を離して、彼女は食事を再開する。きっとこのあと何をしても、彼女が手に入ることはないんだろう。

でもだからこそ、必死にみっともなくもがきながら求めてしまう。叶わないものをこそ夢見てしまうものだ。

絶対落としてみせると心の中では大きな目標を掲げて、しかし今は黙って彼女に見入っていることしかできないのだった。