ジーー、と、名前も分からない虫の鳴く初夏の夜。暑さとじめじめした空気になかなか寝付けず、少し涼もうと外へ出た。近くのコンビニでアイスを買って、静かな公園のベンチに座りぼんやりと夜空を見上げる。

雲ひとつない夜空には星は見えず、代わりに爛々と眩く光る満月だけが浮かんでいた。ヒヤリと冷たいソーダ味の棒アイスをかじり、視線を落とす。

 周りにぐるりと薄い虹を描く満月は、切り取ってしまいたいほど美しい。俺は殆ど反射的にそれを恋人に伝えたいと思ってしまった。ここのところ、ずっと多忙で会えていない彼女に。

すると、仕事ばかりで彼女を大切にしてやれていない己の不甲斐なさばかりが浮かんできて、自然と溜息がこぼれた。

 大丈夫だよ、仕事頑張ってね……などと言って、彼女はいつも優しく許してくれる。しかしそれに甘えたきりでいるわけにはいかないだろう。

かと言って時間を作ろうにも、今は一日が四十八時間くらいになってくれないと無理だ。こうして眠れない夜に気軽に会うことができたら良いのだが、彼女にも予定がある。俺の勝手な都合で振り回したくはない。

 と、溶けかけたアイスをゆっくり食べていたそのとき、ポケットでスマホが震えた。確認すると、ちょうど今しがた思いを馳せていた恋人からのメッセージだった。

『起きてる?』

「……珍しいな。こんな時間に」

時刻は既に午前零時を過ぎている。普段なら日付をまたぐ前に寝てしまう彼女にしては珍しい時刻だ。ほんの少し浮かれる心持ちで返信をする。

『起きてるぞ。どうかしたのか?』
『なんか寝れなくて』
『俺もだ、寝苦しくてな。明日は休みなのか?』
『うん。敬人は?』
『俺も明日は久々のオフだ』

 会話をするようにメッセージのやり取りをしていると、自然と口もとがゆるむのを感じた。ふと、彼女からの返信が少し止まったかと思えば、彼女は突然電話をかけてきた。驚きつつも応答してスマホを耳に当てると、久しぶりに聞く彼女の声がじわりと俺の鼓膜に馴染んだ。

「もしもし? ごめんね、こんな時間に」
「いや、問題ない。俺も眠れなくて困っていたところだったしな」
「……あれ、敬人、外にいるの?」
「ああ。コンビニでアイスを買った」

 そっか、と彼女は笑う。今すぐ会いに行きたい、そう思いはすれど、口に出すのは烏滸がましく思えてできなかった。

「あのね、もし良かったら、なんだけど。今からお家来ない?」
「えっ……良いのか?」
「うん。敬人に会いたい」
「……あぁ、俺も会いたい。迷惑でないのなら、今から向かうから待っていてくれ」
「うん、待ってるね」

それじゃあ後で、と電話をきる。大口でアイスを食べきって立ち上がり、ゴミをゴミ箱に捨てて公園を出た。

 道でタクシーを拾って彼女の家へ向かう。早く会って、伝えたいことがたくさんあった。

ずっと会えなくてすまなかったと、ずっと会いたくて仕方なかったのだと、それから今宵の月は本当に綺麗なんだと、面と向かって伝えたい。もう、夏の暑さなど少しも気にならなかった。