すぐそばの小さな公園に行き、ベンチに並んで座る。一緒に歩いている途中、今襲ったら勝てるんだろうかと思ったが、実行はしなかった。勝っても負けてもいいことはない。

「家の事情って、何があったんです?」
「……うん、私のお家、結構有名な由緒正しい財団だったらしいの。……私は元々、父がそこらの女と不倫して出来た子だったから、いないほうがいいって判断されて、あの施設にいたの。勿論そんなこと、あの時はちっとも知らなかったけれど……跡取りになる予定だった兄が病気で死んで、慌てて私を探したんだって」

彼女は俺をちらりとも見ず、独り言のようにそう話した。遊具で遊ぶ子供たちをぼうっと見ながら、空虚な表情で、話を続ける。

「お母さまは、嫌みたいね。自分の子ではないから……お父さまは優しくしてくださるけど……不気味だわ。施設にいた時と同じ薄気味悪さで私を見るの」
「……薄気味悪さ?」
「茨はまだ子どもだったから……ううん、三人でいるときは、弓弦が守ってくれていたから、きっと知らずにいられたのね。軍事施設にいたとき、何度もレイプされそうになったわ。あんなに幼くたって、身体は女ってみなされるのよね」

軽く笑い飛ばして、彼女は此方を見る。俺はどんな顔をしていたんだろう。あの頃より丁寧な喋り方をする彼女の声は、別人のようなのに、やっぱり俺にあの頃を思い出させる。

「今は許嫁を血眼で探してる。なるべく有力なところ……今言われているのは、天祥院家と巴家だったかしら」
「は!?……天祥院家はやめてくださいよ」
「え……なんで?すごく綺麗で優しそうなひとだったよ。まぁ、向こうから断られるだろうけどね。迎え入れてやるメリットもないもの。だから現実的には、巴家の次男の方かしら?長男の方はもう許嫁がいるそうだから……」
「はあ!!?……っていうか確認しそびれたんだけど、アンタ俺のこと知らないの?いや、その、巴家の次男とも一緒に、Edenっていうアイドルユニットやってるんだけど……」

聞き慣れた人名に思わず顔を顰め、今更彼女にそう訊ねると、彼女は腕を組んで首を傾げる。……去年のSSでも準優勝し、その後も着々とトップアイドルユニットの一角として活躍しているのに。まさか名前すら知らない人間がまだいたとは。

「ごめんなさい、テレビも見せてもらえないから……世俗に疎くて。今日もこっそり部屋を抜け出して来たの。なんだかほぼ監禁状態っていうか……結婚すれば、少しはマシになると思うから……結婚自体には前向きなんだよ」
「……結婚って何かわかってんの?」

呆れたように、顔を繕う。本当は嫉妬と憎らしさでいっぱいだった。出来ることなら俺が攫ってしまいたいのに、なんて少年の頃のような馬鹿な気持ちが溢れる。

「わかってるよ。…………わかってる。でも私は、女だから。生きていくには、そうするしかない。持っている武器しか使えない」
「でも俺は」

心が素直に言葉になるその瞬間、唇を塞がれた。柔らかな感触が、すぐに離れる。彼女は悲しげに、似合わない下手くそな笑顔を浮かべた。

「私もずっと好きだったよ。……明日、巴家の次男の方と会うの。それで多分、結婚が決まる。……結婚自体は後になるだろうけれど、きっと、もう逃げられない」
「なまえ……」
「だから、今日茨に会えて良かった。最後に貴方に会えて良かった、やっと、好きって言えて」

もうそれきり、俺から何を言うこともなかった。好きだったなんて伝えても、苦しめるだけだ。これ以上引き留めても、無駄だ。

「……俺、そろそろ仕事だから」
「うん。ごめんね、話してくれてありがとう。……さよなら」

公園に彼女を置き去りにして、その場を後にする。この後仕事はない。が、やるべきことはわんさかある。……なにがさよならだ。