ふと喉の乾きで目を覚ました。時計は見えなかったけれど、カーテンの隙間から微かに白んだ空の光が差し込んでいたから、きっと早朝にさしかかる頃だったのだろう。それでもまだ暗い部屋の中、ベッドの上に散らばる長く美しい髪をぼんやり見つめた。

 狭いベッドの上で、彼は私に背を向けて胎児のように身体を縮こめ眠っている。その肩が規則的に深く息をするのを見ていると、何だか愛おしいような、柔らかな感触が胸をくすぐった。

その長い髪に指を絡めて、ひと束を手繰り寄せてキスをする。ふわりと薔薇のような甘やかな香りがした。

「……渉」

掠れた声で名前を呼んだ。彼は深い呼吸を繰り返すばかりで返事どころか、微かな呻き声すら上げなかった。

 上半身を起こして、そうっと彼の寝顔を覗き込む。彫刻のように美しい顔立ちが、いつものように笑うことなく、黙って脱力している。私はさらりと流れ落ちた自分の横髪を指先で耳にかけ、彼の寝顔をずっと見つめていた。

 付き合いたての頃、彼は頑なに寝顔を見せてくれなかった。私と一夜を共にするときでも必ず私より後に寝て、気付けば先に目を覚ましていた。

それが私は、何より悲しかった。けれど彼なりの矜恃であって、数少ない彼なりのわがままなのだと知っていたから、黙っていた。それも今ではこうして無防備な素顔を見せてくれているのだから、こんなに幸福なことはない。

 愛おしさが胸からあふれて、つい、その瞼にキスをしてしまった。すると不意に体を抱き寄せられ、そのままベッドに戻された。私の首もとに顔を埋めた彼は、長い脚を私のそれに絡めて、くすくす笑った。

「起きてたの?」
「いいえ。寝ていますよ」
「起きてるじゃん」
「唇にキスしていただかないと、目覚めることができません」

 彼は目を閉じたまま顔を上げてキスをねだる。随分体格の良いお姫さまだ。彼の髪をそっと耳にかけて唇に一瞬触れるだけのキスをしてやると、彼はぱちりと目を開けて私を見た。幸せそうにゆるみきった顔だった。

「おはようございます」
「ん……まだもうちょっと寝るよ」
「そうですね、まだ早いですから」
「うん……」

 目を閉じるとすぐそばで薔薇の香りがした。目を開けるより前に、彼の唇が私の唇に重ねられる。そっと瞼を上げれば彼は嬉しそうにニコニコ笑って私を見つめていた。

「目、覚めちゃった」
「王子さまがキスをしましたからね」
「もう……」
「どうしても、寝てしまうんですか?」

彼の温かな手のひらが私の頬に触れる。駄々をこねる幼い子どものような顔と声で、彼は私に訊ねた。

「……寝てほしくない?」
「えぇ」
「じゃあ起きてる」
「フフ、ありがとうございます」

 薄暗闇のなかでも、彼の嬉しそうな笑顔だけはよく見えた。

 それから暫くの間体を寄せ合い、何度かキスをして戯れていたけれど、結局二人ともいつの間にか二度寝してしまっていた。

次に目を覚ますと私のほうを向いている彼の穏やかな寝顔が最初に見えて、じわりと胸が温かくなるのを感じたのだった。