彼女が欲しい……と、言葉にするのは、もうやめた。その代わり、胸にふりつもったこの想いをちゃんと彼女に伝えようと決意したのだ。

しかし決意したは良いものの、いざ彼女を前にすると上手く言葉が出てこない。もどかしさと切なさをむず痒く感じながら、俺は今日も彼女に会いに行く。今日こそ、今日だけはと決心するのはもう日課になっていた。

 平日、昼の十二時。少し肌寒くなってきた気温のなか、葉っぱを落としきった大きな木の下で、彼女はベンチに腰掛けている。膝のうえに小さなお弁当を広げて、今日もぼんやり空を見上げていた。

盗撮が違法行為でなかったなら、この風景を何枚でも写真に収めてしまうのに。せめて目に焼きつけるべくジッと遠くから凝視していると、不意に彼女が俺を見た。

 ぱっ、と花が咲くように笑い、彼女はひらひらと手を振った。手を振り返して駆け寄れば、彼女は少しベンチの端側に座り直す。俺は遠からず近からず、絶妙な距離をとってベンチに座る。

「こんにちは。良いお天気だね」
「ああ、そうだな! 少し冷えるが雲ひとつない快晴だ……☆」

ふわりと彼女の髪から桜のような甘い匂いがした。そばに座るだけでも、俺の心臓はこんなに情けなく、今にもはち切れそうなほど速く脈打っている。悟られないように息を止めてみても悪化するだけだった。

「そうだねぇ、本当に。……寒くなったら、ここで一緒にご飯を食べるのもなくなっちゃうね」
「そ……そう、だな」

 家から持ってきたおにぎりをとって、口を開ける。が、食べはせずに一度手を下ろした。ちらりと彼女を見ると、箸を持ったまま視線を落としてほんの少し寂しげな顔をしていた。

 まさか、今……か!?!? と急激に高鳴った心臓のせいで、とてもおにぎりを食べる気になれなかった。彼女はちまちまと小さな口でお弁当を食べ始める。

今か、今じゃないのか。これは脈があるのか、それともないのだろうか。何にもわからなくてますます胸がざわついた。

「ふ……冬はひと肌恋しくなる季節だな」
「うん……って、守沢くんすごい汗かいてるね。暑いの?」
「えっあぁ、いや、これは……はは、すまん」
「元気だね」

 ……今じゃない、か。と息を吐いたとき、彼女の手が俺の額に触れた。かあっと顔が熱くなる。覗き込むように合った視線が離せなくなってしまう。

「わ、熱い。熱とかあるんじゃない? 大丈夫?」
「ね……つはない、と思うぞ」
「そう? あ、平熱高いのかな……あはは、守沢くんと一緒だったら冬でも寒くないかも」
「っ、ああ! きっとカイロ代わりになるぞ! だから……」

 冬にも会いたい、とか、そばにいさせてほしいとか、そういう言葉を言おうとして思いとどまった。餅が喉に詰まったみたいに上手く息が出来なくなる。俺は真っ赤な顔のまま固まって、ただ彼女の顔を見つめていた。彼女はほんの少しだけ頬を赤くして、真剣な顔で俺を見つめ返した。

今かもしれない。いや、今しかない。たとえ違っていてもそれでいい、ただ後悔するより前に伝えたい。ごくりと唾を飲み込んで、手は緊張で震えたまま息を吸った。

「…………だから、冬の間もそばにいさせてくれないだろうか」

 彼女の手をぎゅっと包み込むように握り締める。俺よりもひと回りくらい小さな手は、外気にさらされてずいぶん冷たかった。

「……うん。冬も守沢くんに会いたい。お昼だけじゃなくて、朝とか夜にも会いたい」

ピンク色に染まる柔らかなそうなほっぺと控えめに答える震えた声色に、一瞬脳が思考停止してしまった。二、三秒フリーズしてから、はっと我に返りおにぎりの存在を忘れて彼女を抱き寄せる。おにぎりはころころと俺の膝から転がり落ちた。

「ああ! 会おう、毎日毎分毎秒会おう!」
「それ会うって言うのかな……?」

 彼女は困ったように笑いながらも、俺の背中に腕を回して抱き返してくれる。これからどんどん寒くなってしまっても、こうして彼女に触れていればいつでも体が熱くなってしまうんだろう。

だからきっと、今年の冬は、去年や一昨年よりもずっとあたたかくて幸せな冬になる。そう思うとこれからの日々が楽しみで楽しみで仕方なくなるのだった。