夏の夜空は霞むだけ
人生で初めてプラネタリウムに行ったのは、小学校の校外学習だった。球体のスクリーンに浮かぶ満点の星空を見て、本当にこんなに沢山の星があるのだろうかと疑っていたのを覚えている。
「あれが夏の大三角ですよ。見えますか?」
今思えばプラネタリウムの星空は決して誇張なんかじゃなかった。都会から遠く離れた山の上で、私は生まれて初めて満天の星空に出会ったのだ。隣には、プラネタリウムのナレーターのように解説をする恋人がいた。
「どれ? 星が多くてわかんない」
「あの、一番明るく輝いている星ですよ」
彼の指さすほうをよくよく見てみる。確かに、数えきれないほどの星々のなかに、ひときわ明るく輝く星があった。
「デネブ、アルタイル、ベガ……だったっけ?」
「ええ、よくご存知ですね。アルタイルとベガが彦星と織姫なんですよ。かの有名な七夕伝説の」
「ふぅん……」
何となく、隣に座る彼の肩によりかかった。辺りにはコオロギの鳴き声が静かに響いている。ちらりと彼の顔を見上げると、彼は星に目もくれずジッと私を見つめていた。
「なぁに」
「いいえ? こうして気兼ねなく会って触れられるというのは幸せなのだなと思いまして」
「彦星と織姫は年に一回しか会えないもんね」
「ええ、私ならきっと耐えられません。三日と経たないうちに川を渡って貴女に会いに行ってしまいます」
ふたりを隔てる天の川は、広く流れも激しく、とても渡れるようなものではないらしい。けれど彼ならどんな濁流でもどんな大河川でも軽々と渡ってしまいそうだ。私がくすくす笑うと、彼も微笑み私のおでこにキスをしてきた。
「それにしても珍しいですね。貴女が星を見たいだなんて」
「うん。別に星じゃなくても良かったんだけど、星が見たいって言ったら、一晩一緒に過ごせるかと思って」
正直に下心を打ち明けると、彼は困ったように笑った。身を寄せ合ったまま、お互い星なんてちっともみずに見つめ合う。
「フフ、策士ですね。してやられてしまいました」
「ちょっとはわかってたでしょ」
「まさか! 私も同じことを考えていただけですよ」
「ずるいなあ」
そっと手を繋いで、彼の手の甲を親指の腹で撫でた。少しだけ黙ってから、今度はくちびるを重ね合わせる。
「……こんなに綺麗な星空なのに、もったいないね」
「いえいえ、貴女の瞳に星が映り込んでいるのをちゃんと見ていますから。無駄にはなりませんよ」
「そうかな」
「そうですよ。貴女もちゃんと見てください」
まつ毛が触れるほど近い距離で、視界いっぱいに彼のアメジストが広がった。でもその瞳孔には、星は数個見えるかどうかというくらいで、ほとんど私しか映っていない。
「ふふ、やっぱり見てないじゃない」
「そうですね、私、貴女しか見えなくなってしまったみたいです」
「うん。私も同じ」
額をこつんと合わせて目を閉じる。夜空に浮かぶ無数の星々は確かに美しく、眩く、感動的だった。
ただ私が彼しか見えていないせいで、彼があんまり魅力的なせいで、残念ながら霞んでしまっただけだ。
「あれが夏の大三角ですよ。見えますか?」
今思えばプラネタリウムの星空は決して誇張なんかじゃなかった。都会から遠く離れた山の上で、私は生まれて初めて満天の星空に出会ったのだ。隣には、プラネタリウムのナレーターのように解説をする恋人がいた。
「どれ? 星が多くてわかんない」
「あの、一番明るく輝いている星ですよ」
彼の指さすほうをよくよく見てみる。確かに、数えきれないほどの星々のなかに、ひときわ明るく輝く星があった。
「デネブ、アルタイル、ベガ……だったっけ?」
「ええ、よくご存知ですね。アルタイルとベガが彦星と織姫なんですよ。かの有名な七夕伝説の」
「ふぅん……」
何となく、隣に座る彼の肩によりかかった。辺りにはコオロギの鳴き声が静かに響いている。ちらりと彼の顔を見上げると、彼は星に目もくれずジッと私を見つめていた。
「なぁに」
「いいえ? こうして気兼ねなく会って触れられるというのは幸せなのだなと思いまして」
「彦星と織姫は年に一回しか会えないもんね」
「ええ、私ならきっと耐えられません。三日と経たないうちに川を渡って貴女に会いに行ってしまいます」
ふたりを隔てる天の川は、広く流れも激しく、とても渡れるようなものではないらしい。けれど彼ならどんな濁流でもどんな大河川でも軽々と渡ってしまいそうだ。私がくすくす笑うと、彼も微笑み私のおでこにキスをしてきた。
「それにしても珍しいですね。貴女が星を見たいだなんて」
「うん。別に星じゃなくても良かったんだけど、星が見たいって言ったら、一晩一緒に過ごせるかと思って」
正直に下心を打ち明けると、彼は困ったように笑った。身を寄せ合ったまま、お互い星なんてちっともみずに見つめ合う。
「フフ、策士ですね。してやられてしまいました」
「ちょっとはわかってたでしょ」
「まさか! 私も同じことを考えていただけですよ」
「ずるいなあ」
そっと手を繋いで、彼の手の甲を親指の腹で撫でた。少しだけ黙ってから、今度はくちびるを重ね合わせる。
「……こんなに綺麗な星空なのに、もったいないね」
「いえいえ、貴女の瞳に星が映り込んでいるのをちゃんと見ていますから。無駄にはなりませんよ」
「そうかな」
「そうですよ。貴女もちゃんと見てください」
まつ毛が触れるほど近い距離で、視界いっぱいに彼のアメジストが広がった。でもその瞳孔には、星は数個見えるかどうかというくらいで、ほとんど私しか映っていない。
「ふふ、やっぱり見てないじゃない」
「そうですね、私、貴女しか見えなくなってしまったみたいです」
「うん。私も同じ」
額をこつんと合わせて目を閉じる。夜空に浮かぶ無数の星々は確かに美しく、眩く、感動的だった。
ただ私が彼しか見えていないせいで、彼があんまり魅力的なせいで、残念ながら霞んでしまっただけだ。