茨と再会してから一週間が経った。巴家の次男のひと……日和さんは、とっても綺麗で楽しいひとだったけれど、やっぱり好きにはなれなかった。

「うんうん、なまえちゃんと話してると楽しいね!……でも、なまえちゃんはぼくとは結婚しないね」

……と、意味深なことを言われたし、断られるかもしれない。断られたならそれはそれで構わない。

結婚相手と言われなければ、友人としてなら、とっても素敵なひとなのに。私にはどうしても、口が悪くていつも目をギラつかせた野心家の茨が好きらしい。

抜け出したのがバレたせいで、前より警備が厳重になった部屋の中、膝を抱えて窓の外を眺める。どんよりと曇って、雨粒が窓を叩いている。──茨は、今頃どうしているんだろう。濡れていないかな。

「なまえ、婚約の話なんだが」
「……お父さま。どうなさったんですか?」

足を下ろして立ち上がると、お父さまは私の手に肩を置き、上機嫌に話を始めた。

「本当は私も、力も強く安定した巴家と繋がりをと思ったいたんだ。だが、あの芸能界のゴッドファーザーの子孫とかいう青年が訪ねて来てね。これからの時代、財団同士でただ繋がりを持つだけでは生き残れない。今実績を残している、将来有望な実業家こそ重宝すべきだと力説されたよ」

興奮しながら話すさまを見ている限り、どうやらその青年に完全に説得させられてしまったらしい。ある程度権力と金を持った人間が、このように簡単に操られて良いのだろうか。ほとほと、無価値に肥太った豚だ。

「それに、なまえ、お前を必ず幸せにすると言われたんだ。社交パーティーでお前を見かけたときから、お前を慕っていたそうだ。……私も、本当はお前に愛を知ってほしい。お前は、私が本当に愛したひととの子だからね」
「……巴様は?」
「あぁ、もう断りを入れておいたよ。例の青年とは今晩レストランを予約してあるから、二人で会っておきなさい」
「はい、わかりました」

お父さまは、上機嫌なまま部屋を出て行った。勝手なものだ、大体社交パーティーなんて、行ったきりあんまり人と話さないようにしているのに。

どうせ財団の力が欲しくて私の存在を嗅ぎつけ、適当に父の好きそうな台詞を並べただけだろう。……にしても、ただの実業家……それもきっと私と歳も変わらぬような青年が、父を口説き落とすなんて大したものだ。

少しでも好きになれそうならいいな、なんて淡い期待を申し訳程度に心の隅に浮かばせて、ディナーに着ていくドレスを選んだ。