それは百分ほどの洋画だった。小さな劇場でしかやっていないような、マイナーな洋画だ。ただでさえ狭い劇場内だというのに、少ししか席は埋まっていない。俺となまえの二人分で取った真ん中少し後ろの席も、周りには誰ひとり座っていなかった。

 もしかして、デートには向かなかっただろうか。これほど客が少ないとなると、とんでもない駄作なのでは……と不安になってくる。一番小さいサイズのジュースだけを持って、なまえは俺の隣に座った。まだ明るい場内では、スクリーンには直近の映画の予告がだらだらと流れていた。

「どうしたの? 変な顔してる」
「あぁ、いや……客が少ないなと思って」
「そうだね、平日だからかな」

肘掛けひとつを挟んで、すぐ隣になまえが座っている。……それだけで何となく浮き足立っている自分がいた。本当に恥ずかしいことだが、俺はかなり浮ついているし緊張もしている。肘掛けに手を置くべきか、膝の上にあるなまえの手を握るべきかを悶々と悩むほどに。

 バツン、と照明が落ちて思わず背筋を伸ばした。ライブでも舞台でもないのだから俺がシャンとしても意味はないのだが、つい気が動転して反射的に背筋を正してしまった。スクリーンにいつもの映画泥棒の映像が流れ、予告が二、三本流れたあと、いよいよ場内は真っ暗になる。

 沈黙のなか、わずかに衣擦れの音やジュースを飲む音が聞こえる。俺は、この淡い沈黙が好きだ。これから始まる物語への期待がふつふつと湧き上がってくる。じっと暗いスクリーンを見つめていると、ぼんやり、制作会社のロゴが映し出された。

 ――映画が終盤に近付くと、隣から鼻をすする音が聞こえた。ちらりと隣を覗きみれば、なまえはハンカチで濡れた目もとを拭いながら真剣に映画を観ている。確かにこんな小さな劇場だけで上映するには勿体ないほど、良い映画だった。かくいう俺も思わず涙ぐみ、ごくりと唾を呑み込んだほどだ。それでも素直に涙を流すなまえは、何故か特別綺麗に見えた。

 何気ないふうを装って手を取り、スクリーンに視線を戻す。映画は最後まできちんと見届けなければ。彼女は何も言わないまま、そっと俺の手を握り返してくれた。

 エンドロールが最後まで流れきって、場内に明かりが戻る。ふぅ、と溜め息をつき隣を見ると、なまえはまだ溢れる涙を必死にハンカチで拭っていた。

「大丈夫か」
「……うん、ごめん、だい、大丈夫……っ」
「ゆっくりでいいぞ。……良い映画だったな」
「うん、」

作中で恋人がそうしていたように、優しくなまえの手を撫でる。ぼろぼろと涙を零す彼女はなんだか幼い子どものようで、胸の辺りがギュッとあたたかくなるのを感じた。しばらくすると落ち着いたようで、なまえは何度か深呼吸をしてからはにかみ笑った。

「ごめん、すごい泣いちゃった」
「ああ、俺も感動した。ハッピーエンドでないのが残念だったが……そのぶん、心に深く残ったというか……お前が号泣するのもわかる」

 なまえの頭を軽く撫でて、すっかり誰もいなくなった場内を見回す。出るか、と彼女の手を引いて立ち上がり、小さな劇場を後にした。

「……お前と付き合えて良かった」
「えっ、なに、いきなり?」
「いや、何となく改めてそう思っただけだ。気にするな」
「う〜ん、気になるなぁ」

俺の突拍子もない惚気に、なまえは困ったように笑った。握った手は離さないまま、劇場の入ったビルを出て日の暮れた街を歩く。

きっと、こんなふうに一緒に映画を観て一緒に感動することこそ、幸せに他ならないのだろう。そして、今胸のうちにあるむず痒いあたたかさを、人は愛おしさと呼ぶのだろう。